里山の色

伊呂波紅葉(いろはもみじ)

版画/たかだみつみ
2017年05月21日 日曜日

二十四節気の「小満」は、暦便覧に「万物盈満すれば草木枝葉繁る」とあるように、春に命が芽生えたいろいろなものが満ち足りてくる頃、です。

今日のテーマは「イロハモミジ」。モミジといえば、秋の定番のように考えられがちですが、芽吹きも、そして初夏の緑も爽やかで美しい樹木です。

イロハモミジ、という名の由来は、複数に分かれた葉を、いろはにほへと、と数えたことにはじまる、といわれています。

モミジ、という名は、やはり紅葉に由来しています。今では、「紅葉」と書いて「もみじ」と読ませるほどに、紅葉の代名詞となっているモミジですが、万葉集の時代には、「黄葉」と書いて「もみち」「もみぢ」と読むことがほとんどでした。「もみち」の語源は「揉み出(もみづ)」で、染色を指すようです。

紅葉のことは、「びお」でこれまで何度か触れていますし、季節もあわないので、ここではもうひとつの名前の由来にもなっている裂片(複数に分かれた葉)について触れます。

植物の光合成は、哺乳類などの呼吸とは違って、大気中と葉の二酸化炭素の濃度差を活かして体内に取り込みます。葉の表面には二酸化炭素の層(葉面境界層)ができます。この層が薄いほうが、二酸化炭素の取り込みには有利ですが、葉の面積が大きくなれば、葉面境界層も厚くなってしまいます。

モミジの「イロハ」と数える葉は、人が数え歌を歌うため、ではもちろんなくて、同じ面積で葉面境界層が薄くなるようなしくみ、というのが正解のようです。モミジが考えたわけでもないでしょうが、いつもながら、生命の精緻さ、神秘にはシビれてしまいます。

つまるところ、イロハモミジ、の「イロハ」は光合成由来の形状、「モミジ」もまた、光合成と落葉のバランスで起こる紅葉という現象、ということで、光合成あってこその名前、といっていいでしょう(まあ、植物はみな、光合成がなければ存在もしないので、それを言ったらみんなそうですけどね)。

紅葉のときばかりが注目されるモミジ、だけど紅葉は言ってみれば冬眠準備、後片付けのようなもの。「小満」のこの時期の、生命感あふれるモミジもまた素敵です。イロハモミジは、もともと本州以南の平地から低山に自生しています。美しいのは、やはり「そこにあるべきもの」だからでしょうか。

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