びおの珠玉記事

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鶏始乳・鶏と卵

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから珠玉記事を再掲載しました。
(2015年01月30日の過去記事より再掲載)

養鶏場

大寒の末候は「鶏始乳 (にわとりはじめてとやにつく)」。七十二候の最後の候でもあります。

ニワトリは1年中卵を産んでいるイメージがありますが、寒くなると産卵量が減ります。照明や温度などで、ニワトリに季節を勘違いさせることで、冬の産卵を促進することが出来ますので、一年中、卵の供給は絶えません。

まるで工場のようでかわいそう、という人がいます。人為的に産まされた卵よりも、平飼いでのびのびと飼われたニワトリの卵のほうが美味しい、という説も、なんとなく説得力があります。

けれど、そもそもニワトリ自体が、人為的につくられた種です。

たとえば、ブタはイノシシを原種としてつくられました。イヌの原種はオオカミです。ネコはヤマネコから、それぞれ家畜として生み出されました。
これと同じように、ニワトリはセキショクヤケイを原種としています。セキショクヤケイは、東南アジアに生息する野鳥です。

セキショクヤケイ

ニワトリの原種、セキショクヤケイ


ただ、ブタやイヌ、ネコなどと違って、そもそもどうしてセキショクヤケイが家畜化されたのかは、充分にわかっていないようです。ブタは食用に、イヌは猟犬として、ネコは穀物を狙うネズミを撃退するために、家畜化がすすめられました。

セキショクヤケイは食用や、卵をとるために…と考えたいところですが、セキショクヤケイは体重も1キロもなく、肉を食べるといってもそれほど多くはとれません。卵もそんなにたくさん産まないので、卵を食べるにしても繁殖させるにしても、有利ではありません。では、どうしてそんな鳥が、いまのニワトリになっていったのでしょうか。

「ニワトリ 愛を独り占めにした鳥」の著者、遠藤秀紀さんは、著書の中で、人の「心のエネルギー」が原動力だ、という論を展開しています。

イヌを家畜化するといっても、オオカミを捕まえて家に連れてきたら、いうことを聞くようになるわけではありません。なんとかして猟犬がほしい、番犬がほしいという要求があって、野生動物の家畜化という困難にむかうエネルギーが出てくる、というわけです。

牛の原種はオーロックスという絶滅したウシ科の動物です。牛の場合は、誰もが農耕や肉、乳を想像するところですが、実のところ、家畜化への「エネルギー」は、信仰や祭礼のためだったようです。オーロックスは、4、5歳ぐらいまで繁殖も出来なければ、農耕にも使えない、成長が遅い動物でした。現在の肉牛は1〜2年ぐらいで肉として出荷されることを考えると、ずいぶん遅い成長です。ですから、肉や乳、労働に期待していたのではなく、その飼いにくい牛(オーロックス)を飼っている、ということ自体が「威信」となるような目的だったのではないか、という説もあります。

ではニワトリはどうなのか。実のところ、セキショクヤケイを家畜化した「心のエネルギー」は、十分には解明されていないようですが、同書のなかでは、オーロックスと同様に、「飼いにくさ」がひとつの鍵になるのでは、とみています。

セキショクヤケイは食用としても適さない他に、縄張り意識の強さもあって、飼いにくい鳥です。この縄張り意識を逆手に取って、闘鶏に用いたのではないか、と推測されています。そして「鳴き声」。ニワトリと同じように、決まったころになると鳴き声をあげることから、時計代わりに、ということも考えられます。

そんなふうに、いくつかの目的で飼っているうちに、たまには卵も産まれますし、死んでしまったら食べてみる、というのは家畜の常です。そこから、現代のニワトリに向けての、二次的な家畜化が進んでいったのではないか、と。

こうして、もともとは卵をあまり産まず、縄張り争いをしていた暴れ者は、ケージに入って毎日卵を産むようになります。

ニワトリが先か、タマゴが先か。簡単なようで容易に決着がつかない問題です。ただ、日本での「食料」という面では、タマゴが先、と言ってよさそうです。
日本では、肉食禁止令によって、食べられる肉の種類が限定される時代が長く続きました(とはいっても建て前で、実際にはかなりバラツキはあったようですが)。鶏も禁止の対象になっていたことがありますが、肉を食用にしてしまうより、次々に産まれる卵を食べるほうが理にかなっていたのではないでしょうか。

江戸時代の川柳でも、鶏よりも、卵を詠んだものが多くみられます。

生たまご 醤油の雲にきみの月 

江戸時代の書物、『万宝料理秘密箱』は、別名「卵百珍」と呼ばれるほどに多くの卵料理が掲載されています。

金糸卵、銀糸卵、かもじ卵、白髪卵、糸組卵、五色卵、紅焼卵、青海卵、桴卵、竹の世焼卵、簀子焼卵、しめじ卵、紅煮抜き卵、山吹卵、黄身返し卵、花卵、茶巾卵、饅頭卵、小豆餅卵、角切り卵、寄席卵、定家卵、鶉卵、唐きび卵、青世卵、利休卵、くるみ卵、源氏卵、カステラ卵、淡雪卵、鳥の煮込み卵、卵ぞうめん、卵蕎麦、長崎ズズヘイ、柚餅子卵、蒸し竹卵、長崎油餅卵、干葉卵。

ここまでで、一冊分。
全5巻からなるうちの、3冊半が卵を占めていて、残りの1冊が鳥、もう半分が川魚、という構成です。

名前を聞いただけでは想像出来ないようなものもあれば、伝説にもなっているような「黄身返し卵」など、まさに卵百珍。

明治になると、『玉子料理、鶏肉料理二百種及家庭養鶏法』なる書物が登場します。家庭で養鶏し、卵と鶏肉を食べることが進んできたことがわかります。

地球上で110億羽のニワトリが飼われているといいます。日本では3億羽。
卵を産むニワトリと、肉用のニワトリは分けられていて、卵用ニワトリは、成語160日で卵を産み始めたら、2年を迎えず殺されてしまいます。肉用のニワトリの一生はさらに短くて、50日後にはみな肉となって出荷されていきます。

こうしてみたら、やっぱり「かわいそう」という言葉が出てくるかもしれません。けれど、ニワトリなくして現代の社会は成立しないともいえます。
イスラム教がブタを食べず、ヒンズー教が牛を食べませんが、ニワトリはどちらからも禁忌になっていません。
ニワトリがこれだけ広く多く普及していなかったら、世界にはもっと深刻な問題が生まれていたかもしれません。

ただ、人に愛されて身近で飼われ始めたニワトリが、いまでは卵と食肉の生産装置になってしまっていて、生活から遠い存在になってしまっているのは残念です。

幼少期、我が家にはニワトリがいて、卵を買ってくる必要はありませんでした。よそにわけても余るぐらいの卵が毎日産まれていて、もちろん朝は一番鶏が高らかに鳴いていました。

ニワトリは比較的容易に飼える家畜です。「庭鳥」とも書くぐらいで、今も自宅の庭でニワトリを飼っている人を見かけますが、ずいぶん少なくなった気がします。

旬の無いように見える卵にも、こうした背景がありました。
かつてセキショクヤケイを家畜にした「心のエネルギー」は、今、どんなことに使われているのでしょう。