旬のコラム

桜始開・桜と入学と地元学

2012年03月25日 日曜日

今日から春分の次候、七十二候は「桜始開」です。
清明・桜の開花状況
この画像は2009年の桜の開花状況です。今年の開花は少々遅れているようですね。

「サクラサク」が入試の合格指すように、サクラは日本の春をイメージさせる代表的な植物で、受験・入学シーズンを象徴するようにいわれます。しかし、南北に長い日本列島では、サクラと合格発表・入学シーズンが重なるわけではありません。

欧米の多くは9月入学を採用しています。日本でも、たびたび9月入学への変更が話題になって来ました。
理由は海外のスタンダードにあわせて国際競争力をつけたい、あるいは海外からの受け入れをしやすくしたい、ということです。
そのたびに、入学シーズンは桜の季節であるべきだ、という反対意見も聞かれました。
そんななか、昨年東大が発表し、他大学も巻き込んで進めている9月入学が現実味を帯びています。
海外の大学と入学時期をあわせることで、留学など学生の動きをしやすくして国際競争力をつけるのがねらいだといいます。

欧米化とグローバル化

アメリカ、中国の2大強国や、ヨーロッパの多くの国が9月入学を採用しています。9月にあわせることで、そういったところと交流が出来る、もう少し有り体に言えばお客さんが来やすくなります、ということです。
でもね、本当に魅力があるのであれば、入学時期のズレは乗り越えて学生は移動するのではないでしょうか。もちろん、「しやすく」はなるかもしれません。けれど大切なのは中身です。

シンガポールや韓国といった、アジアでも学力上位とされている国は、それぞれ1月、3月入学を採用しています。しかし、シンガポールや韓国が国際競争力に劣ると考える人が、世界にどれだけいるでしょうか。

日本が国際競争力に劣るのだとしたら、それは欧米の劣化コピーを目指すからかもしれません。
グローバル化という名前で、苦手な土俵に立つ必要があるのか。自らそこに飛び込む人は、もちろんいてもかまいません。そういう人たちが文化を交流させて、新しい時代をつくっていく面も多分にあります。
しかし、昨今強調されるようになった日本人の美徳や絆といったものを失わせてきたものは、不釣り合いな欧米化・経済偏重にも大きな原因があっただろうことは、忘れてはならないでしょう。

地元学

かつて水俣病で中傷や偏見の対象になった街、熊本県水俣市で、その疲弊からの回復のために「自分たちで調べて自分たちでやる」という自治のムーブメントが起こりました。この考え方は「地元学」と名付けられ、全国に広がっています。
水俣では、出身地が水俣だというだけで縁談が破談になったり、就職を断られたり、農作物が売れないということが起こりました。しかし、そうした世間の冷たい態度に反論するのではなく、周りを変えることは出来ないから、自分たちが変わることにして、地元学を煮詰めていったといいます。

ないものねだりをひとまずおいて、足元にあるものを新しく組み合わせてみる、というのが地元学です。
地元学の提唱者・吉本哲郎さんは、地元の人達によるものを「土の地元学」と呼び、ただ住むだけの住民から、地域を守り育てていく当事者になる必要があると言います。

一方で、ひとりよがりになりがちな地元のとりくみに対して、外の目から質問し、引き出すための、外部の人の役割として「風の地元学」があげられています。

この1年で、日本人は「国」と「地域」について、これまでになく考えを巡らせたといえるでしょう。震災がれきの処理にしても、原発の再稼働にしてもしかりです。

地元学と、9月入学は、決して相反する問題ではないかもしれません。もはや何のことを指すのかもわからない、右向け右、のような「グローバル化」ではなく、外部の目によって地元をより輝かせる「風の地元学」のような、そういう交流が出来るのなら、応援してもいいのかもしれません。

桜の話と、地元を見つめなおすこと

かつての特集でも触れましたが、日本に多く分布するソメイヨシノは、交配で作られた園芸品種です。種子の結実では増えることが出来ずません。各地にあるソメイヨシノは接木によって増えたもので、同じDNAを持つ、いわばクローンです。
ソメイヨシノが「子孫」として増えたのではなく「クローン」であることについて、分子学者の福岡伸一さんはこのことをあげ、同じ寿命を迎えて一斉に枯れてしまう可能性もあると述べています。
そこまでいかなくても、同一性の強いものは、病気や気象変動など、何かのほころびで、一斉に壊滅する可能性が高くなります。
交配して子孫を残すというのは、そうしたことに対抗するための、自然の知恵でしょう。多様化というのはまさしくそういうことです。
地域が東京のクローンとなり、日本がアメリカのクローンとなることに、どこか同じようなことを想起してしまいます。

満開までは、まだもう少し。

地元は、その地元らしく。
お花見のシーズンに入っていく折、ちょっと無粋な話でしたが、何事も他人事とせず、地元学の視点で、「土」で自分の地域の掘り下げを、「風」で他の地域の応援をしていこうではありませんか。

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