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クラシックホテルに泊まろう!

文/小池一三(「びお」編集人)
2011年08月13日 土曜日
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百年の品格 クラシックホテルの歩き方表紙山口由美さんの新しい本がでました。『百年の品格 クラシックホテルの歩き方』というタイトルが付けられています。写真がたくさん入っているヴィジュアル・エッセイガイドです。夏休みにクラシックホテルに行くことはかなわなくても、これを読んで上質のホテルを味わってください。
山口由美さんの「実家」と言っては何ですが、創業者を曾祖父に持つ箱根富士屋ホテルと、日光金谷ホテルと、軽井沢の万平ホテルと、奈良ホテルの四つのクラシックホテルが選ばれています。いずれも百年を超える歴史を持つホテルです。
クラシックホテルといっても、日本のそれは歴史が短いといわれます。日本のクラシックホテルは、確かに文明開化と一緒にやってきたので、百年そこそこしかありません。山口由美さんは、それに反発するように、パリのリッツが開業する前に、この四つのホテルは創業されたといいます。そして、単に古いというだけでなく、日本独特の“もてなし文化”を生かしたあり方に筆者は目を向けます。
3.11があって、それは見直されるべき日本の良さの一つでもあります。懐かしいというだけでない、確かなものがクラシックホテルにあります。そんなことを気づかせてくれる一冊の本です。

最近、戦後直ぐの日本映画を何本か見直しています。気づくことは、日本語の美しさです。1980年代後半のバブル期からでしょうか。テレビも映画も、乱暴な日本語が飛び交うようになりました。意味の通じない言葉が罷り通るようになりました。
前の時代の映画俳優のセリフは、口跡がきれいで、何より意味がよく伝わります。小津安二郎の映画で出てくる女優たち、原節子や、東山千恵子や、杉村春子や、久我美子や、『おとうと』(市川昆監督)の岸恵子や、『二十四の瞳』(木下恵介監督)の高峰秀子など、みんなきれいな日本語でした。クラシックな響きといってよいでしょうか。この本を読みながら、そんな昔の女優たちのことが、ふと思い出されました。

百年の品格 クラシックホテルの歩き方中ページわたしは、四つのクラシックホテルのすべてに泊まっています。何回か泊まったホテルもあれば、コーヒーを飲みに寄ったことも何回かあります。
このうち富士屋ホテルは、山口由美さんにご案内いただいて泊まったことがあり、そのときの印象がすこぶる良かったので、建築家の奥村昭雄・まこと夫妻と、永田昌民さんをご案内したことがあります。三人は建築家なので、建具の金具などに興味を持たれ、食事の折に、そのことがひとしきり話題になりました。
奈良ホテルは、1987年に開催された「PLEA奈良国際会議」の海外からの参加者の宿泊ホテルに定め、事務局を置いたことから、事前の調査を含め、何日か泊まっています。華やかなディナーパーティも、ここで開きました。事後も、奈良で用事があると泊まったり、また食事したりしています。
ブルガリアからの参加者が、奈良ホテルのコーヒー代の高さに目を丸くしていたのを、今でも思い出します。日本のシティホテルは総じてそんなふうなので、彼女の日本の印象は、馬鹿に高いコーヒー代だったのではないかと、今でも気になっています。
クラシックホテルは、宿泊費も、食事するにも決して安くありません。わたしの場合、お酒をいただかないので、請求書を見てさほど驚くことはありません。クラシックホテルなので、当然、年代モノのワインが置いてあります。調子に乗って開けたりすると、あとになって後悔することになります。まあ、クラシックホテルは、そんな細かなことをいちいち気にするお客では成り立たないのでしょうが(笑い)・・・。

山口由美さんの本は、コーヒー一杯から楽しめるクラシックホテルのことが書かれていて、なかでも、それぞれのカレーのレシピにまつわる話は出色です。
カレー位なら食べられると、箱根富士屋ホテルにカレーを食べに行くバスツアーが人気だそうです。あるとき、その一行と一緒にメインダイニングで食事を共にすることになり、あの広いメインダイニングが、カレーの匂いで充満しました。決してカレーは嫌いではありませんが、かなり閉口しました。経営が厳しいのは分るけれど、クラシックホテルが客数低下をこれで補っているのはまずいよ、と山口由美さんに電話でお話しました。矜持を守ってこそのクラシックホテルですので、本当のファンが離れることにならなければ、と心配したのでした。
カレーだけ食べて、クラシックホテルを味わうことは出来ないと思います。そういうお客たちは、売店に群がってお土産を漁り、両手一杯に、箱根富士屋ホテルの名前が入った袋を抱えて帰って行きます。行ってきたという証拠がほしいのでしょうし、ホテル側も売上が上がっていいのでしょうが、わたしはそれよりも、コーヒーを飲んでゆっくり過ごすお客を大事にする方が、クラシックホテルの価値を高めると思っています。

若い頃、穂高に登った帰りに上高地の帝国ホテルでコーヒーをいただいたことがあります。ホテルを出て二階を見上げるとバルコニーが見えて、そこで葉巻を燻らせ、穂高の山々を眺めている老人がいました。今は穂高に登れないけれど、心行くまで山を愉しんでいるふうでした。そのとき、自分もそんな老人になれたらいいな、と思ったものです。
上高地の帝国ホテルには、冬の番小屋がありました。沢渡までバスが通じていました。沢渡からてくてく歩き、勾配がきつい釜トンネルを、ヘッドライトの明りを頼りに、ピッケルであたりながら抜けたものです。トンネルを抜けると大正池があって、上高地に着くと帝国ホテルの冬季小屋(番小屋)がありました。この番小屋は「木村小屋」と呼ばれていて、山岳遭難救助隊の木村殖(きむらしげる)さんが開設されました。
木村さんは、わたしが最初に冬の上高地に行ったときにはまだご存命で、遭難救助の苦労話、冬の上高地の魅力について、お話を聞くことができました。木村さんは、県遭難対策協議会北アルプス南部救助部長を務められ、戦前・戦後にかけ、通算1400〜1500件の遭難救助にあたられました。実業之日本社から、自伝『上高地の大将』が発刊されています。木村さんは、宿泊者の若い登山家を前にして、毎夜のように、
「山での死は悲惨だよ。冬は遺体が凍るからいいけど、夏はすぐに腐乱するからね。山での死が美しいとか、ロマンティックなんてのは、小説や映画だけの話だね」
といった話を聞かせてくれる語り部でありました。
木村小屋は、井上靖の小説『氷壁』の舞台にもなっていて、この小説は映画にもなりその後の登山ブームを呼び起こしました。作品の中では、『ホテルの番小屋Tさん』として出てきます。
 
話が飛びましたが、秋のクラシックホテルは、どこも紅葉で込みますので、蒸せるように緑滴る夏に行かれることをお奨めします。もう過ぎてしまいましたが、わたしは、雨に煙る梅雨時が好きですが。


この本で取り上げられているクラシックホテル

箱根 富士屋ホテル
http://www.fujiyahotel.jp/

日光 金谷ホテル
http://www.kanayahotel.co.jp/

軽井沢 万平ホテル
http://www.mampei.co.jp/

奈良ホテル
http://www.narahotel.co.jp/

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