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びおハウス運動がはじまりました。

2011年08月29日 月曜日
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「びおハウス」の取り組みがスタートしました。

びおハウス 夏の住まい
スケッチ/河合俊和

東日本大震災以降、電力の削減が言われています。街の明かりは落とされ、冷房の温度を高く設定した施設も目立ちます。
町の工務店ネットでは、これまでも空気集熱型パッシブソーラーをはじめとした太陽熱利用をすすめてきました。この技術は主に冬の暖房負荷削減に威力を発揮してきました。
一方で、原子力発電所をはじめとして、多くの発電所が停止し、大口需要家向けに電力使用制限令が出されるなど、エネルギーをとりまく問題は、私たちがかつて経験したことのない事態となっています。

原子力発電所の発電方法については、これまでも各所で触れられており、改めての詳細は避けますが、一度運転したら昼も夜もなく発電が続くこと、電力は原則として貯めておけないので、夜の発電分を「深夜電力」として販売することで、電力の総需要が伸びてきたという見方が出来ます。

伸びてしまった需要に対して、急に供給が怪しくなった、というのが現代の日本社会です。この状況に対して「町の工務店ネット」と、建築家でつくる「チームおひさま」が考えたのが、「自然室温で暮らせる家」をコンセプトに掲げる「びおハウス」です。

まず建築でやれることをやろう(びおハウス パンフレット巻頭言より)

3月11日に、家が流され、壊された。自然の猛威を目のあたりにした。壊れなくても、ガイガーカウンターの検知音が不気味に鳴り響いている家があり、フクシマでは、今も痛苦の日々が続いている。

電化生活は、スイッチを押すだけで、暖かく、涼しく、便利に過ごすことができる。それを「豊かさ」だと思い込んでいた。けれど、衝撃的な現実を前に、今までのままでいい、と思えなくなった。

かつて日本人は、寒さ暑さを凌ぐため、冬は、板戸や襖などの建具で部屋を仕切り、火鉢や炬燵を囲んで円居のときを過ごした。夏は、窓を開け放って風の通りをよくした。夜、蚊帳の中をホタルが舞っていた。

寒いけれど、暑いけれど、そこには、住まうことに実感があった。そこには、自然と応答する住まい術があった。果たして今、そこに戻れるだろうか。戻りたくても、戻れない事情に置かれている。

かといって、もう危ない原発は御免だ。化石燃料はこれ以上、燃やしたくない。かつて冬と夏に、住まいを衣替えしたように、住む人の働きに期待しながら、建築でやれるところまでやろう、と思う。

びおハウス・プロジェクトが発足した。「自然室温」で暮らせる家をテーマにした。夏の都市部の気温は年々上昇しており、正直、悪戦苦闘の取り組みだった。夢中になって実現した「独自の種」をどうぞ。

びおハウスは、これからの住まいに必要な要素を提案するコンセプトハウスです。よくあるモデルハウスや、画一的な「商品化住宅」ではありません。住宅は売るものではなく、住まい手を含めて、共同・協同・協働してつくるものだと思います。

「自然室温で暮らせる家」とはなんだろうか、ということを考えぬきました。建築的な仕掛けに加えて、建築一体型のプラス圧換気システム「Eベンチレーション」や、屋根材と一体化した美しい太陽光発電といった技術も提唱しています。

E-ベンチレーション

押し込み式換気を行いながら室内の温熱環境を改善するEベンチレーション。

アモルファス太陽電池

屋根材と一体化した、美しい太陽光発電。

詳しいことは、「びおハウス」のWEBサイトへ。もっと知りたい方は、町の工務店へ!


大勉強会 in 仙台

町の工務店ネットでは、びおハウスのスタートにあわせて、大勉強会を実施しました。
今回の会場は、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県。東松島市、石巻市をめぐったあと、勉強会のメイン会場の仙台市に移りました。

ベースキャンプ

仙台の工務店・建築工房零が設置したボランティア向けのベースキャンプ。ここでボランティアが寝泊まりして作業に向います。

老人ホーム

石巻の老人ホーム。津波でまるごと流されることはなかったものの、地盤沈下が起こっています。左側の水は海水です。

被災地と二件の住宅を見学した後、仙台の温泉宿に籠り、勉強会が開始です。

零小野社長地元仙台・建築工房零 小野社長からは、震災後のボランティア活動を中心に報告がありました。大量の雨水タンクを備えた自宅や社屋が、近隣のトイレ用水を一手に担った話、炊き出しによるコミュニティの話、避難所への風呂の設置など、生活設備の重要性の訴えがありました。
丸ウ吉田社長福島県・丸ウ吉田工務店 吉田社長からは、周辺から人が減っていくという、原発震災の生々しい事実と、それでも自分の家を守りたいという人が、遠くに行かずに避難所にいるという話などを、実感を込めて語っていただきました。

町の工務店ネット代表・小池からは、『「バウハウス」から「びおハウス」運動へ』と題した、今回の取り組みの背景と展開方法を説明しました。

びおハウスの勉強と並行して、町の工務店ネットの各社から、地域での取り組みの報告がありました。

水田社長熊本・ミズタホーム 水田社長からは、「びお」と名付けたモデルハウスの紹介と、「住んでからめんどうくさい家を作り続ける」という宣言がありました。
長崎社長福岡・長崎材木店 長﨑社長からは、すべてが含まれた自社開発のパッケージプランが発表され、会場からは大きな反響がありました。
藤原社長島根・藤原木材産業 藤原社長からは、自社の住宅への取り組みの変遷と現在の到達点を、家づくり憲法、という形でご紹介いただきました。
塚本社長岡山・ハウジング塚本 塚本社長からの発表は、今回のびおハウスにも利用される屋根材一体型の太陽光発電システムにいち早く取り組んだ内容です。
石原社長愛知・イシハラスタイル 石原社長からは、身の丈経営というテーマながらも、「捨てる勇気」や「かっこいいおじさん」などの、ユニークなキーワードが注目されました。
びおハウスの仕組みに取り組んできたチームおひさまからは、それぞれ個別の発表がありましたが、こちらは参加した人だけの秘密です。

WEB「びお」では、順次チームおひさまの構想を掲載していく予定ですので、お楽しみに!

E-ベンチレーション

Eベンチレーションの講習中。

結設計藤原氏また、記念講演として、結設計 藤原昭夫氏から、「岩手県の仮設住宅で試みた古くて新しい工法」と題して、今回の震災に伴う仮設住宅の実施と、今後の展開についてお話いただきました。藤原さんは、建築廃材や資源の浪費という環境負荷のある建築行為を、負荷削減に貢献するものにしようと長年取り組んできた方です。被災地ではハードウェアとしての住宅だけでなく、家族が少なくなってしまった方のための住まい方や、シェアハウスといった展開も必要になり、今後そうした展開も考えられているとのことです。
発表した工務店と建築家のディスカッションは、会場も交えての、工務店と建築家の立ち位置、関係についての本音トークになりました。
ディスカッション

今回発表したみなさんのディスカッション

展示物の様子

屋根材一体の太陽電池や木繊維断熱材などの展示の様子。

現場シート・のぼり

びおハウスの現場シート。見かけたら、ぜひ現場を見せてもらってください。


ある人が、びおハウスの感想に、「久隅守景(くすみもりかげ)の『夕顔棚納涼図』を思い出しました」と意見を寄せてくれました。

夕顔棚納涼図」は、親子3人の農民の姿が深い愛情のうちに情趣豊かに表現されていて、「最も国宝らしく無い国宝」といわれる名作です。

夕顔棚納涼図

夕顔棚納涼図 東京国立博物館所蔵

久隅守景の絵は、日本で初めての「家族の肖像画」といわれます。寛永時代は、日本の歴史上庶民がはじめて家族をもてるようになった時代の絵です。
ある評者は「一日の激しい労働を終えて涼を楽しみながらくつろぐ母と父、そばに寄り添う幼子、「幸福」をとことん蒸留すると最後に残るのはこういう形になるような気がします。欠けるものも、余分なものもない、完全な「幸福」の姿。仕事があり、衣食住足りて、団欒の時をもてる家族。ある時代の人類の幸福度は、こうした家族が全世界で何%存在するかという数値で測れる」といいます。
びおハウスの取り組みが、この絵を連想させたということに、嬉しく、また誇らしく思いました。

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