断甘亭日常 やっかいな病気・糖尿病とつき合う
入院前
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入院前の診断
入院することになった直接の理由は、町のお医者さんの診察を受けてのことで、
そのときの検査結果は、
| 血糖値 | 394 |
|---|---|
| HbA1c | 12.3 |
| 体重 | 66.5 |
| 血圧 | 83〜134 |
| 糖/タンパク/ケトン | 3+/1/1 |
| 眼底所見 | P:C正常 |
というものでした。
この数値は、少しでも糖尿病を知っている人にとっては、ギョッとする数値です。医師から、糖尿病と所見されて10年を経ていることを考えると、腎障害や心臓障害、眼底出血による網膜症、手足などの末梢神経障害(足潰瘍、壊疽)などが起こっていない方が不思議、といわれました。眼底出血については眼科の所見が必要とされるが、今のところ、よくもまあ事なきを得ている、ということでした。
食後2時間位の検査なので、血糖値はあり得るとして、問題なのは「HbA1c 12.3」という数値です。危険も危険な領域を示す数値です。
「HbA1c」は、ヘモグロビン・エイワン・シーと読みます。糖尿病患者が、最も気にする数値です。
血糖値とは、血液内のグルコース(ブドウ糖)の濃度をいいます。健常なヒトの場合、空腹時血糖値はおおよそ89~100mgとされ、どの人も食後は若干高い値を示します。たとえば、糖がたっぷりの清涼飲料水を大量に飲むと、血糖値は急激に上昇します。その数値は、時間を経ると低下します。この上下動は、血糖を下げるインスリンと血糖を上げるグルカゴンの作用によって体内調節されているからで、もし、血糖値が高くなったときインスリンが不足していると、この調節機能が働かなくなります。血糖値を調節するホルモンはインスリンだけだからです。このたった一つの調節機能が低下した場合、糖尿病を発症することになります。
尿糖 糖尿病に罹ると尿糖が出ます。尿のしずくが便器に付くと、コーヒーカップの底部に残った砂糖のような状態になります。そそっかしくオシッコをしてズボンのチャック周りに付くと、そこに跡が残り、洗濯しても落ちない場合があります。わたし個人でみると、過去、高価なスーツのズボンを何本かダメにしています。

尿糖は、血糖値がおよそ180mg/dlを越えると、腎臓の尿細管でグルコースの再吸収が追いつかなくなり、糖が尿に排出されます。尿糖は糖尿病の原因ではなく、あくまで結果です。
HbA1c ヘモグロビン(Hb)は血色素をいい、身体の隅々まで酸素を運搬する役割を担います。この赤血球の寿命はおよそ『120日(4ヶ月)』といいます。赤血球はこの間ずっと体内を巡って血管内のブドウ糖と結びつきます。つまり、余っている糖が多ければ多いほど結びつきが増え、HbA1cが高くなるのです。
この検査は食事の影響を受けないので、食前・食後を問わずいつでも検査ができます。検査は、検査日から過去1〜1.5ヶ月間の平均血糖値を反映するので、日頃の摂生、不摂生が正直に出ます。食事を控えて血糖値を低くみせようとしてもバレてしまいます。
医師は、この数値を重視し、それによって患者の生活や症状を把握します。
糖尿病の判断は6.5%以上をいい、正常値は4.4〜5.8%。
6.5%以下にきちんとコントロールできると、糖尿病による合併症(網膜症・動脈硬化・腎症・末梢神経障害等)をかなり防ぐことができるので、糖尿病治療は6.5%以下を第一目標とし、基準値(5.8%以下)を目指します。また、8.0%を超えると内服療法から注射によるインスリン治療に切り替えられるケースが少なくありません。
このように見ると、血糖値 394・HbA1C 12.3という数値が、いかに異常なものかが分かります。よくそれで無事に過ごしてきたな、という感じです。しかし、腎障害や眼底出血こそ起こっていないものの、このところ手足などの痺れ、むくみなどを感じていて、徐々に侵されているという状態にあることは確かです。
そんなわけで、ついに入院やむなし、と観念しました。
入院前
余談になりますが、わたしの入院体験について、少しばかり述べます。
入院するのは、実は中学生の時に患った盲腸炎(虫垂炎)以来のことでした。それはもう50年も前のことで、記憶の彼方にありましたが、いざ入院となると、その時のことがふいと思い出されました。
その時の症状は、最初は、みずおちに軽い痛みを感じ、時間と共に下腹部に激痛が走るようになり、学校を早退して家に戻りました。そのうち熱が出てきて、嘔吐するようになり、殊に右下腹部の痛みがひどくなりました。母は「盲腸やないか?」といいます。それで近くの病院に行きましたら、医師から「虫垂炎」だと告げられました。母は医師に「盲腸やね?」と尋ねると、医師は「正式には虫垂炎」といい、手術が遅れると腹膜炎を起こすことがある、といいました。膿がお腹の中いっぱいに広がり、それで亡くなる人もいるというのでした。
この医師の言葉を、母は「手術せんと死ぬんやて」という言葉に直して、わたしに何回もいいます。前の年の扁桃腺手術の際、口中に麻酔をされて、その激痛に耐えられなくなり病院を飛び出て家に帰ってしまったことがあります。看護婦さんが追っかけてきて、母にそのことを告げ、二人に手を引っ張られて医院に戻る、というすったもんだがありました。母はそれを恐れて「手術しないと死ぬんやて」と幾度も念を押したのでした。
わたしは赤ちゃんのときからむずかり屋として知られ、ヘソを曲げるとややこしくなる性分だと母にみられていたようです。雀百までといいますが、この性分は、どうかすると今もなくならないようです。「ええ子のときとむずかるときと極端や、その癖、直さんとあかんで」と母はいうのでした。
その母が亡くなって、早いもので8年になります。
ふだんは母のことを忘れて生活していますが、今回のような事があると、そのときの母の口調が思い出され、母の不在を悟るのです。
今回の入院は、生活習慣を直すための入院であって、手術があるわけではありません。それでも入院となると、神経はぴりぴりするものです。母なら多分、「生活習慣を直すための入院やから、なんにも心配あらへん」と繰り返しいうだろう、と思うのでした。
けれど病院には、たくさんの注射器が待ち構えていることは疑いないことで、事実、2時間置きに1日6回血液を抜かれた日には、「心配あらへんて嘘や」と恨みがましく思ったものでした。
2週間の入院期間
医師から告げられた入院期間は2週間でした。
パジャマは病院が用意しているものがありますが、おしゃれを失ってはなるまいと3着買い込み、下着もたくさん買い込み、それから本もたくさん買い込みました。外国に旅立ったり、スポーツを始めるとき、わたしは決まって身支度から入る癖(いるいる、そういうオヤジの一人、笑)がありますが、こういう時に顔をみせるものですね。
死ぬほど長い2週間です。どう過ごしていいものやら見当がつかず、その動揺を抑えるには、そんなことをするほか見当たりませんでした。
最初、30日間の海外旅行に用いる一番大きなスーツケース(TUMI製)に荷物を詰め込んでいましたら、家のものが「看護婦さんに笑われるよ」とバカにして笑います。湯沸かし器からドライヤー、何枚かのバスタオル、たくさんの本を持参するとなるとそういうことになるのですが、看護士(婦)さんに笑われるという、このカウンターパンチが利きました。中小のバック(こだわりのTUMI製)に荷物を移して、少ない荷物にみせることにしました。
わたしは若い頃、演出家の端くれだったものですから、あるシチュエーションにおける人の身体的行動に関心を持っていますが、このときの自分を冷静に分析すれば、非常に奇怪なものがありました。ふだんは余分なものを身に纏わないで、さっぱり過ごしたいと心掛けていますが、 “哀しい性(さが)”が、つい顔を出してしまうのですね。人はなかなか変われないものです、アハハ。
たくさんの荷物を持って、病棟のナース・ステーションを訪ねましたら、担当の看護士さんが病室を案内してくれました。荷物の多さなど気に掛けることなく、入院に際し必要なことを要領よくいい、いい終るとニッコリ笑って戻って行きました。呆気ないものです。もう少しリアクションがあっていいと思いましたが、このオヤジの思い込みは、看護士さんの日常的な扱いの前に、いとも簡単に粉砕されたのでした。

世界糖尿病デー(11月14日)のシンボルマーク「ブルーサークル」
荷物をロッカーに納め、真新しいパジャマに着替えてベッドに横になっていたら、看護士さんが、早速血糖値測定器を携えてやってきました。手の指先に針を刺して測るのですが、チクリと痛くて、血液がまあるく出てきます。この血液玉の美しさは格別のものがあると思いました。それを試検紙にあてて測ります。こちらは現実です。生命の営みと治療の現実、その繰り返しが医療なのだと思いました。
こうして、わたしの入院生活が始まりました。






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