特集

香川・讃岐町家 「びお」お披露目会

基本設計/趙海光 実施設計・施工/菅組 物件写真/市川かおり
2010年04月10日 土曜日

外観

外観(写真/市川かおり)

香川県・菅組の施工による「讃岐町家」が完成しました。
菅組社長・菅徹夫さんは、びお編集委員でもあり、これまでにも讃岐をテーマにご寄稿もいただいています。

ベーハ小屋はどこへ行く
http://www.bionet.jp/2009/10/kyomi078/

讃岐の風景としてのベーハ小屋
http://www.bionet.jp/2009/03/beha/

そんな讃岐に、現代町家ができました。

現代町家のシステムにより、建築家・趙海光さんが基本設計、菅組・山地隆之さんが実施設計を行った物件です。2月にはこの場を舞台に森里海連環学実践塾と現代町家塾が行われました。

町家塾の様子

現代町家塾の様子

日の光によるしかけ

日の光によるしかけ

現代町家憲章

菅組・山地さんによる現代町家憲章

ベーハ小屋見学も

ベーハ小屋見学も

 

讃岐のこと

文/小池一三 (住む。2009年春号連載「森里海物語」より抜粋)

讃岐は野の国である。讃岐に山がないわけではない。阿波と讃岐を南北に隔てて讃岐山脈がある。この山脈は、東西方向に長く、南北方向に狭い。阿波側から見ると、吉野川を隔てて聳える急峻な山岳であるが、讃岐側から見るとおだやかな山容である。平野部にも山はある。地理的にビュート(孤立した丘)と呼ばれるおにぎり山があちらこちらにあり、のどかな表情を生んでいる。どの山も緑に覆われている。丸亀から眺める飯ノ山は、讃岐富士と呼ばれて目立つ山であるが、この山は標高422メートルしかないので、威容を誇るというほどのものではない。

気候は瀬戸内式で、日照時間は全国3位である。雨量は1163ミリ(高松市)と少ない。尾鷲あたりの年間4000ミリなどに比べるべくもないが、太平洋側の高知市と比べても1641ミリも少ない。東から香東川のつくる高松平野、土器川と金倉川の丸亀平野、財田川と高瀬川の三豊平野などが広がるが、山脈から流下する河川が細いため、三角州の形成は概して弱い。これらの扇状地は、畿内に近いことから、条里制に基づき碁盤目状の道路網や農業用水路網の発達をみているが、降水量も河川の集水面積も小さいことから、むかしから干ばつ常襲地として水利の苦労が絶えなかった。

農民は水の確保に血まなこになり、集落間において、あるいは隣近所同士においてさえ、水争いがひんぱんに起こった。時には、竹槍や鎌が持ち出されて、血なまぐさい騒動にも発展した。

日照りが続き、ひび割れた田を前に、せっぱつまった讃岐の農民は、神仏に雨乞いを念じた。綾南町滝宮神社の念仏踊りは有名で、太鼓、笛、鉦、ほら貝のはやしに合わせ、「雨・水」と書いた水色の大団扇をひらめかせて、狂ったように踊った。雨乞いは、毎年夏の盛りの8月25日に行われ、境内は夏の陽がカッと照りつけ、玉の汗を浮かべた踊り手によって行われた。しかし、具体的に水を確保する上では、溜池が有効だった。

このため讃岐には、小さな谷をせき止めてつくられた麓池や、台地池、平野部につくられた皿池などの灌漑用の溜池が、年々減少しているとはいえ、今尚、大小1万4619池を数える。このおびただしい数の溜池を空から眺めると、点在する溜池が、まるで「緑の瞳」を散りばめたように見えるという。

最大にして最古の溜池は、満濃池(貯水量1540万トン)である。1300年前、大宝年間(701~704年)に造られた。この地の人たちは、それからというもの、営々として1万4000余の溜池を造ってきたのである。讃岐は、傾斜度3%未満の土地の面積構成比が全国平均を大きく上回っているが、それはそのまま、この地で溜池を造ることの難儀を物語っている。

江戸時代から水利利用の仕組みは、讃岐独得のものがある。なかでも「線香水」や、「走り水」「番水」などは、潜在的な水不足に悩まされた村落共同体の掟とされ、厳格を極めた。

「線香水」とは、線香の燃える長さで水田への配水時間をはかることをいう。配水台帳によって、線香の本数・長さが定められ、拍子木を合図に配水が始まり、線香が燃え終わると太鼓で知らせて水を止めたという。

「走り水」とは、田の上を水が走る程度で給水を止める方式をいう。また、配水面積、減水深などを取り決めて配水時間割を実施するのが「番水」制度である。こんな取り決めをしなければ成り立たなかったのが讃岐の野(里)であった。「水掛け論」「我田引水」などという言葉のリアリティを思い、稲作とは「水」であることを改めて思った。

茫洋として広く、満々と水を湛える満濃池の堤防に立ったわたしは、それが人々の苦役によって人工的につくられた溜池だということが信じられなかった。讃岐の野の表情は、どこもおだやかであるが、その裏側には、水を巡る凄絶なまでの歴史があったのである。

讃岐町家ギャラリー

(以下写真/市川かおり)

外観 奥にはビオトープ

外観 奥にはビオトープ

外観2

側を流れる川から見上げる

外観3

おにぎり山と。

 

リビング

リビング

2階から見下ろしたリビング

2階から見下ろしたリビング

リビング

リビング

 

リビング

リビング


リビング

リビング


たたみの部屋からリビングを望む

たたみの部屋からリビングを望む


ダイニングからリビングを望む

ダイニングからリビングを望む

参考リンク
菅組
http://www.suga-ac.co.jp/

菅さんのブログ ShopMasterのひとりごと
http://sugakun.exblog.jp/

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