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対馬から”林業再生”を考える 森里海連環学実践塾in対馬レポート

2010年01月25日 月曜日
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「対馬から林業再生を考える」シンポジウムから

長崎県対馬で、22日〜24日にかけて、森里海連環学の実践塾を開きました。一年掛かりで準備をして、ようやく実現できました。取り急ぎ、ご報告します。
(文/小池一三)

対馬はじまって以来という人出で、立ち見や、入れずに帰る人も。

対馬はじまって以来という人出で、立ち見や、入れずに帰る人も。

なか日のシンポジウムは、大変な盛況で来場者は935名を数え、なお会場に入れなかった人が200名ほどいたそうです。対馬で一番大きなホールの開館以来の入場者レコードをつくったそうです。それまでのレコードは、水森かおりや鳥羽一郎などの歌手だそうで、600名ほどといいますから、地味な内容のシンポジウムに、これほどの人が集まったこと自体、驚くべきことです。対馬の人たちが求めていたものと、このシンポジウムがぴったり合ったのだと思います。そうでなければ、こういうことになりません。

C.W.ニコルさん

C.W.ニコルさん

シンポジウムの基調講演は、C.W.ニコルさん。
サケが森をつくるというニコルさんの十八番の話をされました。講師控室をニコルさんと共にしたところ、氏は、緊張のあまり昼食を口にされませんでした。シャイで生真面目な人だと思いました。けれど、講演でのニコルさんの話は、いつもながらの洒脱に富み、それは愉しいもので、会場は笑いと共感の渦に包まれました。

天野礼子さん

天野礼子さん

ニコルさんのお話のあと、竹内典之(京都大学名誉教授)・梶山恵司(内閣府国家戦略室審議官)・岡橋清元(清光林業/吉野岡橋山)各氏と、最後にわたしが講演しました。天野礼子さん(作家・アウトドアライター)が、講師の一人一人を紹介され、そして登壇するというカタチがとられ、それぞれ20〜30分程度の講演でした。

竹内典之さん

竹内典之さん

竹内教授は、対馬の森林データをもとに、この島の現状と将来について分析的に語られました。「びお」で、前にわたしが書いたリポート(http://www.bionet.jp/2009/10/tsushima03/)は、島中を車で回ったとき、竹内教授は「ずっと憂鬱な顔をされていた」というもので、それを講演のアタマに振られました。何故、自分は憂鬱だったのか、それを森林データをもとにして分析されたのでした。竹内教授は、健全な自然林と人工林は、どちらも共通していて、幼年木もあれば長寿命の木もあり、樹齢が揃うことが豊かな森を意味しないと言います。人工林の間伐は、どういう木を残すのか、そのために(伐る木は涙に揺すれて)行うものであるとも言います。木を、森を愛するが故のお話でした。最後に、対馬の島の地図に川の名前がほとんど記載されていないことを指摘されました。へぇー、というどよめきが舞台袖に待機していたわたしにも伝わりました。

梶山恵司さん

梶山恵司さん

梶山審議官の講演は、政府の「林業再生プラン」について、その担い手ならではのお話でした。氏は、昨秋の11月に「国家戦略室審議官」に登用され、それまでは富士通総研の主任研究員でした。あちらこちらのシンポジウムでご一緒することがあり、持論とされる「林業再生」の取り組みに本格的に取り組めるという意欲溢れるお話でした。いつもクールな人ですが、それを支えているのは氏の日本の森に対する情熱だということを、改めて感じました。何故、同じように貿易自由化の波を蒙りながら、日本は20数%、ドイツは100%の木材自給率なのか、人が森から離れていっている日本と、自動車よりも林業従事者の方が雇用が多いドイツとの差は一体全体何なのか、それは林業のあり方自体が違うからだ、と言う歯切れのいい指摘は、対馬の林業関係者の胸を抉るものでした。日本の林業の不振について、貿易自由化を理由にしたり、山が急峻であることを理由にするのは当らない、単に補助金を貰うための方便ではないかということを、氏はオーストリアの例を引いたりしながら明快に解かれたのでした。

岡橋清元さん

岡橋清元さん

吉野・岡橋山の岡橋清元さんの講演は、破砕帯と多雨に見舞われる吉野で25年にわたり実践されている作業道づくりの実際を、パワーポイントを使いながら示され、実に説得的なものでした。それは対馬の人にとって、いや日本中の林業関係者の模範となるもので、ユンボで削られて敷かれた道が、数年で落ち着くこと、そして道脇が緑に包まれて行く様が写真で示されるたびに、岡橋さんがなされていることの意味が判然としたのでした。このような道こそ、これから日本中で敷かれるべき作業道です。
作業道は、木材搬出の道だと勘違いしている人が少なくありませんが、森をお手入れする山仕事のための道です。植付けしたあと、山仕事は年々いろいろあります。その林内作業をスムーズに運ぶための道が作業道で、よき森をつくるためには、どうしても欠かせないのです。ドイツは、それが高密度に張り巡らされているのに対し、日本はわずかです。梶山さんが指摘された日本林業の最大の弱点について、岡橋さんは、日本にもそういう作業道があることを、身をもって示されたのでした。
わたしは、三度吉野・岡橋山にお邪魔したことがありますが、1万本植えて、250年掛けて100本まで持って行く森は、間伐そのものが林業であることを物語るもので、葉脈のように作業道が張り巡らされているそれは感動ものでした。支線は2メートル程度、幹線でも2.5メートルでよくて、道をつくるための伐開も道幅分だけでOKだといわれました。道を敷くための切取・盛土の法面(のりめん/傾斜)は高さは1.4メートル程度。この高さだと上からも下からも作業が容易です。森を見回りするにも視界が利きます。法面が2メートル以上だと土圧が大きくなり、木の根がとどかず土をつかんでくれないので、法面の崩落を招き、落石・落木の危険性が増します。傾斜地を直切りするので、一見おや、と思いましたが、高さが1.4メートル程度だと、法面からは勝手に土が落ちてきて、やがていいところで安定することが分かりました。これは樹木の根系の深さとも関係します。一度、雨の日に岡橋山を訪ねたことがあり、実に巧みに分散的に雨が流れていました。後背には大台ケ原という日本有数の多雨地帯であることを考えると、それは驚くべきことでした。
雨につよい作業道は、維持コストが掛かりません。6メートルもの法面がある道だと、木材の伐採にも、運び出しも厄介です。大雨があると、路肩の決壊や法面の崩落を招きやすく、その維持管理に莫大なコストが掛かります。そういう道は凸凹していて、車で移動すると胃が踊ります。雨になると、凹部は雨水路になっていて、大きな台風がくると道は寸断されます。そういう「林道」を、イヤというほど見てきたわたしは、岡橋山に救われるのです。日本林業の嚆矢(こうし)とされる吉野林業の、それは生きてある姿です。

小池一三

小池一三

最後のわたしの講演は、時間が押した場合の調整役を引き受けていて、講演するまでに三度、5分縮めろ、10分縮めろ、5分もとに戻していいと、司会役の天野さんから指示が飛びました。そう器用ではないと自分では思っているのですが、天野さんは器用にやれる奴だと思っているようです。そこは迷惑な話だと思っております(笑)。
わたしの講演は、初日に龍良山原生林に入った感想を述べました。古代からの森として、屋久島と照葉樹林の龍良山原生林との違いはどこにあるのか、東洋思想との関係で触れました。屋久島の森は、縄文杉があるように永遠なるものがあり、いうならアクロポリスの丘の建築群のようなもので、縄文杉はそのシンボルであること。それに対し、龍良山原生林はたえず更新され、そうして数万年繰り返されてきた循環・輪廻される森であること。後者は、そういう森であることに多くの人が気づけば、照明が当てられることを述べました。世界遺産になって、忽ちこの森が消費されるのは避けたいところですが…。
そのあと、わたしは吉野・岡橋山のことに触れました。吉野は、なるほど垂涎の的となる山ですが、材価は高いし、吉野だからこそやれることだと、実は自分も思っていたということを率直に述べました。しかし、最近九州にもそういう山があり、それを見てきたことを報告しました。大分県臼杵市の林業家後藤國利さんの森です。
九州の森は、放置された森や、皆伐され、切り捨て間伐される森が多く、「林道」さえ通せば補助金が貰えるということでつくられてきた道ばかりで気分が滅入っていましたが、後藤さんの森は、林内に太陽の光が差し込んでいて、まるで吉野の山のように明るかったのです。高密度に作業路網が敷かれ、間伐そのものを林業とし、木の成長条件に合わせて施業する意思を持った森でした。九州でこのように行き届いた森を見たのは初めてでした。
国交省の前の住宅局長で、内閣府の地域活性化統合事務局長を務める和泉洋人さんに、後藤さんの山についてお話ししたら、後藤さんは長らく臼杵市長や大分県会議長を務められ、「町興しは町守り」を提唱した人だと教えられました。それで調べてみたら、後藤さんは臼杵市にセメント工場誘致計画が浮上したとき、これに反対し、市民運動の先頭に立ち、工場進出を断念に追い込み、そのあと市長に選ばれた人でした。市長時代には「針広混交、草木共生の森づくり」を掲げ、職員が市有林の状況を調査し、カルテを作成、試験プロットを設けて、職員による枝打ち、間伐などの取り組みを進められました。臼杵は、大林宣彦監督の『なごり雪』(臼杵の隣町津久見市出身のミュージシャン伊勢正三の歌)の舞台にもなっていて、これも後藤さんが働いて実現された映画でした。それにしても「町興しは町守り」とは強烈な“やせ我慢”です。森の育成もそうですが、すぐにお金になる皆伐に走らず、コツコツと作業道を敷くのも“やせ我慢”がなせる技といえるのかも知れません。計画と展望を持った“やせ我慢”でありますが……。
この後藤さんの森を例に、対馬に「100年の森」をつくってほしいというのが、わたしの講演の骨子でした。うまく喋れたかどうか分かりませんが…。

財部市長

財部市長

扇次男森林組合長

扇次男森林組合長




最後のプログラムであるパネルディスカッションは、天野礼子さん(作家)の司会のもと、財部対馬市長、対馬の森林組合・農業協同組合・漁業協同組合の各代表、それから町の工務店ネットのメンバーである長崎の工務店・輝星建設の平山耐社長によるパネルディスカッションが行われました。

右から、輝星建設・平山耐社長、対馬漁協組合長会 根津廣次会長、対馬農業 桐谷安博組合長

右から、輝星建設・平山耐社長、対馬漁協組合長会 根津廣次会長、対馬農業 桐谷安博組合長

このパネルディスカッションでおもしろかったのは、森林組合・農協・漁協の組合員が重なっているということでした。山仕事もしていれば、田や畑も、漁業も一つ仕事にしているというのです。民俗学者の宮本常一や、歴史学者網野善彦などが書いてきた分業が始まる前の地域史の労働と暮らしの姿が、いまもそうしてあることに、感銘を受け、またその具体的に内容を知りたいと思いました。
シンポジウムの開会は、山田正彦農林水産副大臣が、閉会は島田泰助林野庁長官と銘建工業・中島浩一郎社長が務められ、その後の夜のパーティも大いに盛り上がりました。

山田正彦農林水産副大臣

山田正彦農林水産副大臣

島田泰助林野庁長官

島田泰助林野庁長官

銘建工業・中島浩一郎社長

銘建工業・中島浩一郎社長



ニコルさんと一緒に。

ニコルさんと一緒に。

翌24日は、対州檜の山を巡りました。この日に感じた対馬の林業と海との関わりは、あらためてレポートします。

参考リンク

長崎新聞動画ニュース
C・Wニコルさん対馬の原始林視察 林業再生シンポ前に
http://www.nagasaki-np.co.jp/douga/20100122/12.shtml

C・Wニコル氏ら森林整備訴え 対馬で林業再生シンポ
http://www.nagasaki-np.co.jp/douga/20100123/04.shtml

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  1. 牡蠣の森を慕う会さんからのコメント

    2010/9/13(月)22:35

    宮城県 牡蠣の森を慕う会(代表 畠山重篤、水山養殖場)と申します。

    平素より森は海の恋人運動にご賛同くださり、誠にありがとうございます。
    ホームページ等で活動に関するコメントを頂いている方にコメントさせていただいています。

    このたび畠山重篤エッセイブログ「リアスの海辺から ~カキじいさんのつぶやき~」の掲載を開始いたしました。水山養殖場WebStoreホームページ(右メニューのエッセイ・バナー)よりご覧いただければ幸いです。

    今後とも宜しくお願いいたします。

    水山養殖場WebStore HP管理者

    http://mizuyama-oyster-farm.com

    ※ 重複のご案内の場合はご容赦くださいます様お願い申し上げます。

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