特集

「阿蘇山大観望の家」を訪ねる

文と写真/小池一三
2010年01月10日 日曜日

熊本・ミズタホームの家づくり

阿蘇山大観望の家

町の工務店ネットの多彩な家づくりを示す例として、熊本・ミズタホームの新しい家をご紹介します。

ミズタホームさんは、宮崎県諸塚村の“産直住宅”に取り組んでおられます。 “阿蘇山大観望の家”は、諸塚村の木を用いて建てられた家です。
名古屋から飛行機で宮崎に入り、宮崎県の北方の諸塚村まで取材をしながら移動し、諸塚村から椎葉村、五ヶ瀬村を通り、幾つもの峠を越えて南阿蘇へと入りました。出発前にぎっくり腰にやられ、脂汗をかきながらの取材旅行でしたが、“大観望の家”を見て、はるばるやってきて、ほんとうに良かったという実感を持ちました。 
建築場所は南阿蘇。外輪山の麓の村です。
阿蘇山は、居間から一望できます。道路を隔てて、田圃と畑が段々で下がっていて、台所の窓も、居間の窓も、阿蘇山に向って開かれています。窓から見る阿蘇山は北側なので、順光の阿蘇山が大観望されます。居間から見ると、軒の出の水平線が、溜息が出るほどにきれいです。土地代は、都市部のそれと比べると驚くほど低価格だといいます。この家の住人は京都の人だそうで、老後をここで過ごそうと建てられました。

阿蘇山大観望の家2

 

阿蘇山大観望の家3阿蘇山大観望の家4

阿蘇山大観望の家5阿蘇山大観望の家6


この家を見ていて、私は養老猛司さんの「参勤交代論」が頭に浮かびました。
氏は「半定住」の考えを奨励していて、江戸時代の参勤交代のように、地方と都市を往き交うのがいいと言います。普通の勤務ではむずかしいことですが、そうすることが企業にとっても、個人にとってもいいという認識が広まれば空論ではなくなります。行き詰った都市文明の現実に対する養老さんの提案は21世紀的で、この住まいは、そんなふうに住むのがごく自然なように感じました。
内部から見える大阿蘇は雲が覆っていましたが、ときおり陽光が雲を照らし、それが幻想的な美しさを醸していました。

阿蘇山大観望の家7

 

阿蘇山大観望の家8

阿蘇山大観望の家9阿蘇山大観望の家10

阿蘇山大観望の家11

阿蘇山大観望の家12阿蘇山大観望の家13

阿蘇山大観望の家14

ミズタホームの水田和弘さんの仕事については、武山倫さんが季刊誌「Ren」2号に書いています。
「日本人の住まいを“新しい民家”として蘇らせる」可能性を持った工務店だと、あの辛口で鳴る倫さんが評価しています。しかしながら、武山さんには、「ミズタ少年の情熱と体力が熱くほとばしるあまり、やりすぎ風の饒舌感として、ほほえましく映って」いて、まだしもの観があると見ていました。
武山さんは「大人っぽく少し抑えることと、なるようになっている部分へのプロポーションの検証と熟考が加わると、水田さんはすぐにも巨匠感の漂う空間に変貌する」と書いたのでした。倫さんは、「この人が上手になったら恐ろしいなあ……」と末尾に本音を洩らします。確かに、工務店の設計が、そんなことになったら建築家は何をやったらいいのか分からなくなります。
倫さんが、この文章を書いてから、ちょうど2年になります。
倫さんの予感は、果たしてもうすでに、ここに現実になっていると思いました。
構造と空間の明快な関係性、開口部と壁の微妙な関係、明かりのことなど、工夫の余地はあると思いましたが、工務店設計・施工の工務店ということでいうと、群を抜いていて、全国十指に入るレベルにあると思いました。業界紙「行列ができる工務店」などとで取り上げられなくても、こういうレベルの工務店が現にここにあり、町の工務店ネットのメンバーであることに、私は深い感銘を受けました。
見真似でなく、どこまでも自分を保持しながら、ここまで自分を高めた水田さんは偉い! と思いました。
水田さんは、数を追わない工務店です。
お金のことばかりを言うお客を相手にしません。
お金の多寡ではなく、その人が何を大事にする人なのかが、水田さんにとっては大問題です。水田さんは、一旦自分に仕事を委ねられると、そのユーザーにとことん仕事で返されます。決して金に煩いわけではないのです。
水田さんにとって、一年にやれる仕事は限られており、ほどよい数の仕事を、おもしろく、熱心に取り組めるのが幸せであり、工務店の本懐だと考えておられるのです。水田さんのゾーンに入ってしまったユーザーは、みんな「ミズタワールド」に嵌ります。ハウスメーカーがいくら逆立ちしてもかなわない世界がそこにあります。
ミズタホームさんに、息子さんが戻って来ました。そして今年、結婚されました。
ミズタホームは、水田さんと奥さん、ご子息とその若奥さんによる家族経営の工務店です。よき仕事を残すことが次世代のための最大の財産であり、それがミズタホームの家業だという暗黙知が、この親子にはあるように思いました。一番むずかしい仕事の継承が、いいカタチで進んでいると思いました。
工務店は、いろいろな生き(行き)方があります。私は、それでいいと思います。
昨年ご紹介した「府内町家」の工務店、大分の日本ハウジングさんは、会社の規模が大きく、あの規模のなかで進めることを背負わされています。この工務店が、何を、どう進めるかは、ミズタホームさんと自ずと異なります。日本ハウジングは、量産化住宅グループに所属しています。行き詰まりを感じ、かといってそれも捨てられず、さてどうしたものかと悩んでいました。わたしは、いっぺんに変わろうとしないで、まず仕事を分けることを提案しました。そして、一方で“質のいい量産への道”を求めてはどうかと提案しました。その一つの“解”として、私は“現代町家”をお勧めしました。それは決して“減産”を意味しない取り組みでした。
その工務店の潜在力(ポテンシャル)をどう読むかということと、その工務店の筋道を見つけることを、私は大切にしています。日本ハウジングには、営業力があります。大分県や佐伯の山も、そのパワーを評価していて、一旦動き出すと間違いなく受注は伸びると思います。それを押し上げ、突破力となるコアが“府内町家”です。
つまりをいえば、日本ハウジングは、ミズタホームさんのようにやれなくていいのです。
わたしは40年近く、この業界に生きていますが、工務店に一律解はないと考えています。一つとして同じ解答はありません。だからおもしろいのです。
それなら、日本ハウジングはミズタさんから学べないかといえば、そんなことはありません。この“阿蘇山大観望の家”取材のあと、私は大分に向かいましたが、阿蘇での取材が曇天であったことから、翌朝、もう一度阿蘇に向かうことにしました。車で3時間近い距離があります。午後にお客と打ち合わせがあるという馬場鉄心社長を、朝早く出れば打ち合わせ時間に間に合うと強引にお誘いして、阿蘇に向かいました。同社のマニュアル作業を請けているMOON設計の村田直子さんにも同行していただきました。マニュアルの打ち合わせは車中で、という強引な誘いに二人は応じてくださいました。
日本ハウジングの馬場社長と営業の田中さんは、“阿蘇山大観望の家”を見て、こういう仕事をする工務店があるということに、しきりに感心し、唸っていました。村田さんも、目が洗われた、という顔をしていました。強引にお誘いしてよかったと安堵しました。
水田さんは、前月に開かれた “府内町家”の見学会に参加されています。
考えてみるに、おそらく町の工務店ネットのメンバーになっていなければ、日本ハウジングとミズタホームが建物を見学し合うことはなかったと思います。両社は立ち位置がまるで異なるからです。
町の工務店ネットの中には、伝統工法を進めておられる福岡・悠山想や奥三河・滝川のような工務店さんもあれば、伊勢・カントリーハウスの顔を持つせこ住研さんのような工務店も、また都市部でがんばる工務店もあれば、過疎化に負けない工務店もあります。
まことに多士済々、いろいろな工務店が参加しています。バラバラといえばバラバラですが、共通項は「地域に生きる工務店」ということです。

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  1. 日本チョーさん党さんからのコメント

    2010/1/11(月)16:34

    おおらかで、とても気持ちのいい家ですね。ベースとゲヤで構成しているところなど現代町家と共通したものを感じます。
    アーキテクト・アンド・ビルダーというのがあるそうですが、まさにそんな感じの仕事ぶりで感心しました。パチパチ。

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