花々舎の草花
大雪・熊蟄穴(くまあなにこもる)・花と木の実のリース
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「私の宝物」であるダンボール箱の中にはヤシャブシ、ユーカリ、松、椿、楓などの木の実がザクザク入っています。
分別された木の実に採集した場所と日付のメモがあり、それを見ると10年以上も前に集めた木の実があったりして、使ってしまわないといけません。
リースといえば、クリスマスリースでしょうか?
一般的なコニファーを使ったリースは簡単でしかも香りも楽しめます。
その他に、アイスランドモスやエノコログサの穂やサンゴ水木の切れ端などで作ったことがあります。
オーナメントやリボンの装飾はしないで、ひとつの植物の持つ微妙な色あいを生かして作られたリースは「大人」の感じがします。
今回のリースは 9/28 、10/3 、11/27 の作品で使われた花材に、宝物の木の実を三種類プラスしました。

この句を詠んで、あれっ? と思う人がたくさんいることでしょう。正岡子規は、結婚することなく、35歳で亡くなったからです。テレビで司馬遼太郎原作の『坂の上の雲』が放映されていて、そのことを知る人が増えました。
子規は、29歳から約7年間、臥褥(がじょく)の人でした。
病床にあって、献身的に看護したのは子規の母八重と妹の律でした。この句に詠まれている「古足袋さしてゐる妻よ」は、母か妹のどちらかで、この句は、子規のいわば“空想句”です。
卯の花や妹か垣根の朝ほらけ
着心や妹がしたての衣かへ
夏やせを派だみせぬ妹の思ひかな
鬼灯に妹がうらみを鳴らしける
鋸に炭切る妹の手ぞ黒き
春の夜の妹が手枕更けにけり
もてなしに栗焼くくとて妹がやけど哉
餅切ると指切りし妹に胸さわぐ
青柳は妹がかたみか洗い髪
蕣(むくげ)や赤きを咲ける妹が垣
竹竿や妹が掛けたる氷面鏡
梶の葉を恋のはじめや兄妹
吾妹子と二人ならんで年わすれ
化粧部屋に吾妹子光る宿の春
我妹子にわれから屠蘇の水祝
恋かあらぬか妹かあらぬか春深み
妹が頬のほのかに赤し桃の宴
妹に七夕星を教えけり
七夕の色紙分つ妹かな
これらの句を詠むと、妹の律は、子規にとって大きな存在です。けれども子規は、時に律を辛辣に批判します。
「律は強情なり 人間に向って冷淡なり 特に男に向ってshyなり」
(『仰臥漫録』9月21日/岩波文庫)
shyとは、恥ずかしがり屋ということです。「人間(子規本人)に向かって冷淡」であり、「特に男(やはり子規本人)に向かって」恥ずかしがり屋なのは水くさいというわけで、病臥の腹立ちをぶつけているだけで、随分と我儘が過ぎます。女性の人権ということを考えると、子規は酷い奴です。
でも、このあとすぐに、妹は自分のために肉や魚を買ってくるのに、自分は粗末な食べ物で済ませているとか、俳書類の下調べや口述筆記まで、何もかも妹がやってくれていて、「一日にても彼女なくば一家の車は其運転を止めると同時に余は殆ど生きて居られざるなり」と書いていますので、まあ、ここに書かれたことは、夫婦の“痴話喧嘩”のようなものだと、軽く考えた方がいいと思います。
もう10年位前になるでしょうか。劇団民芸に『根岸庵律女』という芝居がありました。小幡欣治の作・演出によるもので、この舞台では、子規を伊藤孝雄が、律を奈良岡朋子が演じていました。下谷上根岸の家での子規の暮らしぶりがよく分かって、舞台には河東碧梧桐(里居正美が演じていました)なども出てきて、とてもいい舞台でした。殊に、奈良岡朋子の律が秀逸で、きつい性格だけれど、無類にやさしい律という人の魅力がよく出ていました。この女優の言葉の美しさは格別で、もう10年にもなるというのに、今でも耳に残っています。
子供の頃の子規はいじめられっ子で、律は、小石を両手に持って、いじめっ子を追いかけたといわれます。『坂の上の雲』では、菅野美穂が律を演じていて、兄思いの一途さと、健気さがよく出ていて、この律もいいですね。甘えてはいけませんが、律は、男にとって理想の女性ですね。
律は、15歳で陸軍軍人の恒吉忠道と結婚しますが離縁されます。二回目の結婚は、松山中学校で地理を教える中堀貞五郎という教師ですが、やはり離縁されます。その後、上京して病床の子規を看護することになります。
子規が亡くなった後は、律が正岡家の戸主となります。子規が亡くなった翌年、32歳で共立女子職業学校に入学し、裁縫、家事、修身、国語、算術、理科などを学び、卒業後、母校の和裁の専門教員として務めます。
律あっての子規でした。
大雪「熊蟄穴・くまあなにこもる」
http://www.bionet.jp/2008/12/bio72_62/


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