花々舎の草花
小雪・橘始黄(たちばなはじめてきばむ) サザンカ(山茶花)
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20年も前のことだったかしら、「生垣をサザンカにしようと思うのだけれど、どうかしら?」と相談されたことがありました。
ピシャリと閉まる鉄の門扉やブロック塀に疑問を感じていた私は、
「生垣は大賛成、サザンカがお好きならばそれもいいんじゃないかしら」と言いかけてから、すこし返事を待ってもらうことにしました。
サザンカは花の少なくなる季節に咲き続けてくれる健気な植物です。
とぎれることなく花をつけてやがてハラハラと散るのです。
道路に面した彼女の家の生垣となると「ちょっと待って」になるのです。
忙しい彼女が竹ボウキを手にしている姿が想像できなかったのです。

12月の声を聞くと、放浪の俳人、種田山頭火(たねだ・さんとうか)の句が思い出されます。
山頭火は、山口県防府の人です。11歳のときに母親が自殺し、家業は破産し、弟と父親も自殺し、散々な生活苦を強いられ、熊本で寺男になります。大正15年(1926年)に寺を出て、雲水姿で西日本を中心に旅をしながら句作を行ないます。
自由律俳句の代表として、尾崎放哉と並び称されますが、二人共酒癖が悪く、身を持ち崩したところは似ています。わたしは放哉のことを知りたくて、仕事のついでに、放哉が墓守をしていた小豆島のお寺を訪ねたことがあります。その寺に山頭火が訪ねていました。放哉は動かず、山頭火は動き回る人だと思いました。
昭和6年の暮れから翌年春にかけて、山頭火は九州西国33礼所巡りの旅に出ます。最初に向かったのは宮崎でした。
分け入っても分け入っても青い山
この有名な句は、旅の始めの興奮を詠んだ句です。
3月の下旬に、軍港佐世保を行乞します。佐世保はどこへ行っても水兵さんばかりでした。
骨となってかへったかサクラさく
佐世保から、相ノ浦を経て31日に平戸に渡ります。平戸の風景に惹かれ、「絵のようだ」と「行乞記」に綴ります。ここなら落ち着いてもいいような気分になります。山頭火は、4月3日まで平戸を行乞します。行乞中に二度も巡査に叱られましたが、鶯の笹鳴きを聴いて春の訪れを感じ、心の平安を感じました。道を歩いていたら、ぽつんと笠にぶつかるものがありました。黒い地面に、赤い椿が一輪ころがっていました。
笠へぽっとり椿だった
と詠みます。この行乞の旅は7年間も続きます。その中でたくさんの句が生まれます。
宿までかまきりついてきたか
猫も一緒に欠伸するのか
酔うてこほろぎと寝ていたよ
窓をあけたら月がひょっこり
お茶を下さる真黒な手で
うしろ姿のしぐれてゆくか
小雪「橘始黄・たちばなはじめてきばむ」
http://www.bionet.jp/2008/112/bio72_60/




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