興味津々
ハデ木小屋の風景(もうひとつのレッドデータへの挽歌)
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ハデ木は「稲架木」と書きます。刈り取った稲を干すために杉や桧の小径木(ハデ足と言う)で木叉を組みその木組みに「スモト」と呼ばれる長い竿状の木や竹を渡し、稲束を交互に掛けて天日干しするための木組み材のことです。収穫後に来年の稲刈り時までそのハデ木をしまって置くための小屋を「ハデ木小屋」と呼びます。
今では農家の高齢化や効率優先のため農地改良や圃場整備が進みコンバイン等の大型機材が使われ、稲は刈り取ると同時に脱穀、袋詰めが行われ乾燥設備のある集荷場で一晩のうちに米となります。
それまでは昔ながらの鎌で刈り取るやり方、それから手動刈り取り器の出現、その後エンジン自走式で刈り取りと同時に瞬時に稲を束ねてくれるハーベスターが出現しました。いずれにせよ田んぼに置かれた稲束を人手で拾い集めてハデ木に掛けていくのは大変な作業でした。
僕の子供時代は稲刈りというと家族は勿論、ご近所総出で(結い)稲刈り作業が行われ、僕達子供は稲束を拾い集め両脇に抱えハデ木に架ける大人の処まで運搬するのが役目でした。汗をかいた首筋に稲藁が掛かり痒くて堪らなかったことが思い出されます。
田んぼの中に人が右往左往しとても賑やかで農村の営みの活力のようなものが溢れていた時代だったように思います。
黄金色の稲束が架けられたハデ木の列が整然と並ぶ風景は誇らしげでもありました。雨や風に晒されながら何日もかけて天日干しされた米は焚いたときの味がとても馥やかです。
今でも自家米用にはハデ木干し、出荷用には人工乾燥と使い分ける農家の方もいますがそれはとても珍しいことで、ある意味贅沢なことになってしまいました。
収穫の後しばらく骨組みの状態のハデ木が田んぼに建つ様はこれから来る冬の到来を予感させ人々の気持ちを少し憂鬱にさせたものです。山里に白いものがちらつき始める前にようやくハデ木の仕舞い込みが始まります。母屋に隣接する木小屋にしまう農家もありましたが、大概田んぼの畦道の傍らに素朴な掘立ての小屋を立ててそこに収納するのが一般的でした。
有り合わせのトタン板を持ち寄って屋根・壁にしたもの、ちゃんと瓦で葺いたもの等それぞれの農家特有のやり方で作られた小屋は晩秋の閑散とした農村の原風景でもありました。
必要なくなったモノの定めでいつしかハデ木小屋を見かけることは少なくなりました。
それでもたまに遭遇すると失われて行くモノへの哀愁と郷愁を感じつつ心ときめくものがあるのです。
僕の住む島根県、石見(いわみ)地方は地産の石州瓦の赤い屋並が海辺や山あいに映える風景が特徴的なところです。今その瓦業界が瓦を使わない建物の台頭や不況の煽りを受け悲惨な状態と聞きます。石見の住居の素形を形取り彩った赤瓦の存亡が囁かれるを聴くにつけ絶滅危惧(レッドデータ)として失われつつあるハデ木小屋とオーバーラップしてしまうのです。
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