花々舎の草花

小雪・虹蔵不見(にじかくれてみえず) キク

2009年11月22日 日曜日
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キク(菊)01
キク(菊)02

秋がすっかり深まって、「今夜は温かいものが食べたいね」といった会話が弾む頃になると、菊の花はふくいくとしたかおりを放ちます。
生垣から色とりどりの小菊が顔をのぞかせて愛らしい―――。

玄関先に並べられた仕立てものの菊も堂々として見惚れてしまうのですが、私の好きな菊は竜脳菊です。
お香やお線香に使われている竜脳のかおりがするのです。

山に入ってこの白くて小さな菊を見つけると、ついつい1〜2本を手折ってしまいます。
竜脳菊を道づれに歩くと、その香りが足どりを軽くしてくれるかのようです。


旬の句

秋の草花03

秋は、もの思いに耽る季節です。となると、やはり中原中也ですかね。

今は山口市に編入されている湯田のJRの駅前の公園に、中也のこの詩が詩碑になっています。この公園には、西郷隆盛からは“三井の大番頭”と言われ、賄賂と利権で私服を肥やしたとされる政治家井上馨の銅像があり、夭折の詩人と貪官汚吏の権化とされる人物が一緒しているのが、何ともチグハグです。共に郷土の偉人なのでしょうが・・・。
湯田は、その地名からも分るように温泉地でもあって、湯田には「中原中也記念館」があります。この記念館に入ると、いきなり中也の、銀座・有賀写真館で撮影したという帽子を被った写真が飾られていて、忽ち中也の世界に入り込んでしまいます。
中也の『山羊の歌』、『在りし日の歌』などの詩集は、むかし「ほるぷ出版」が発行した復刻版の初版本を持っていて、

ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きてゐた時の苦労にみちた
あのけがらはしい肉を破つて、
しらじらと雨に洗はれ
ヌックと出た、骨の尖。(「骨」より)

思へば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気は今いづこ(「頑是ない歌」より)

など、どの詩も諳んじられるほどよく覚えています。
「頑是ない歌」の「思えば遠く来たもんだ」は、武田鉄矢の歌の歌詞になっていて、パクリかと思っていたら、本人は自分のオリジナル作品だと言っていますが、「他人の空似」なのかどうか、読み比べてみるとよく分ります。
表題の『帰郷』は、『山羊の歌』に入っている詩です。全部を紹介します。

柱も庭も乾いてゐる
今日は好い天気だ
縁の下では蜘蛛の巣が
心細さうに揺れている
  
山では枯木も息を吐く
あゝ今日は好い天気だ
路傍(ばた)の草影が
あどけない愁みをする
 
これが私の故里(ふるさと)だ
さやかに風も吹いてゐる
心置なく泣かれよと
年増婦(としま)の低い声もする
 
あゝおまへはなにをして来たのだと・・・・・
吹き来る風が私に云ふ (『帰郷』)

幼少の中也は「神の子」といわれるほど頭のいい子でしたが、小学校高学年から文学にはまり、それが祟って中学になって退学させられ、京都に行き、東京に行き、無頼の生活を過ごし、久しぶりに帰郷したのでした。
外はのどかないいお天気です。縁の下には蜘蛛が心細そうに動いています。
風が中也に問いかけます。

あゝおまへはなにをして来たのだと・・・

この自責の念、悔恨の想いの前の言葉、「年増婦の低い声」とは、遊女のことです。これでもかと、中也は苛められた気分に陥るのです。
つまり、故里は中也が思うほどにやさしくなかったのです。


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