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フラット50をどうみるか

2009年01月20日 火曜日
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住宅は、資産価値なのか、使用価値なのか?

教えてところで、何故、いま長期ローンが言われるようになったのですか?
そこを理解しておかないと、確かに話の前提を欠くことになりますね。長期ローンを組むということは、その住宅が長い価値を持つということですよね。
教えて土地は資産になるけど、建物の評価は年々下がるといわれてきました。
土地は、埋立のような場合を除いて、新たに生産することは不可能です。そして、全く同じものが存在しないもので、土地は移動することもできません。また、土地は都心からの距離や交通施設、都市施設の利用可能性、その土地が置かれた歴史的・地理的条件や環境によって経済価値が異なります。つまり、名実共に「不動産」といえるわけです。これに対し建物は、新たに建替えることが可能です。同じものを造ることも可能です。歳月を経ると朽ちますし、自然災害や火災に遭うかも知れません。「不動産」というものの「動産」的な性格を持っています。
教えて建物の資産評価はどのように行われているのですか?
これまで、建物の資産評価の一般的な方法は、主として減価償却で価格を決定するやり方が採られてきました。この方式は、建物の取得価格(建設費、購入費など)に、その建物の構造、用途別に定められた掛率を、自動的に1/10とする計算法で、償却期間は木造22年、鉄骨造34年、鉄筋コンクリート造47年と定められています。償却期間が短いほど税制上は有利な扱いを受けますので、この点に限れば木造は有利でした。しかし、資産価値は、ほかの工法と比べて不当に低く、市場的には不利でした。
乱暴な評価では、築後10年で建物評価はゼロということを書いている本もあります。実際、市場的にはそういう扱いを受けた例が少なくないのです。
教えてどうしてそんなことになったのですか?
これは戦争の影響が大きいと思います。太平洋戦争末期、アメリカ軍による日本本土への空襲や艦砲射撃では主に焼夷弾が撃ち込まれました。石の建築が多かったヨーロッパ戦線とは、砲弾の性質も異なり、日本は木造の建物が多いため、それを燃やす焼夷弾が有効だというのがアメリカ軍の作戦でした。この攻撃に逃げ回った日本人は、木造は火災に弱い代表のように脳裏に刷り込まれてしまいました。しかし、鉄とコンクリートの街であるニューヨークよりも、木造の多い東京の方が人口当りの出火率は低いという結果も出ていて、木造だから火に弱いというのは完全な誤解です。
教えてなるほどね。
それからもう一つ、戦後建てられた木造住宅の評価を反映していることも見逃せません。空襲で焼き出された日本人は、まず掘っ立て小屋を建てて雨露をしのぎ、ありあわせのお金で住まいを建替えて、少しずつ住宅を改善してきました。それは結果において、スクラップ・アンド・ビルド(建てては壊す)を招きました。建物を改修・改造する場合も、その建物自体の資産価値を上げるというより、居住者の生活に都合がいいように行われたわけで、いわば木に竹を継いだような、本人にはよくても、人には何でこうしたの? と疑問だらけのものが少なくありませんでした。
教えてでも戦後すぐの状態を、最近まで引きずっていたというのは考えにくいことだけど?
それを今に至るも引きずっていたのです。ある意味、木造が持つ自由性・自在性が、結果において資産価値を貶めていたといえます。
教えて最近では、省エネ性能を高めるために、窓を断熱サッシに替えたり、壁、屋根に断熱材の充填をしたり、随分、みんなやってきたと思うのです。アメリカのツーバイフォーも木造ですよね、それって世界共通の木造のルールなの?
いや、日本独特のルールといえるでしょうね。アメリカを例に取ると、リフォームすることによって建物の評価価格が上昇するようになっているので、みんな将来の転売住み替えを考え、休日を返上してでも建物の修繕に余念がありません。
これは住宅の販売市場にも影響していて、中古住宅は日本では市場全体のうち13%しか動いていません。アメリカはおよそ80%、イギリスはおよそ90%です。日本人は、家は建てたら「住み付く」ものであるのに対し、アメリカやイギリスは住み替え、買い換えることによって、住宅レベルを上げたり、お金がなくなったら下げたりしています。賃貸住宅を選ぶように気楽なもので、それは建物の評価が明確だからです。
教えて日本は、建物の寿命も短いとか?
日本は、住宅は平均30年の寿命です。住宅滅失までの期間は、アメリカは55年、イギリスは77年です。アメリカでは、リフォームしたら2割も値上がりするといいます。不動産鑑定では、木造の場合は、大体20年程度の経過年数で建物価格はなくなるものとされ、業者や売主は、まだ建物に市場価値が残っていても、建物価格を計上しないで、「現状有姿のまま」の特約をつけ、建物価格をゼロにするケースが多く、資産評価は、短い住宅寿命以上に短サイクルのものでした。
教えていい家でも、資産評価はされなかったのですか?
有名建築家の設計によるものや、古民家・町家などの場合は、絵画的な骨董的価値で評価されることはあるかも知れませんが、それは特殊解とされてきました。一般的には、その家の居住者が、いくらいい家だと考えていても、それは使用価値であって、その家族にとって大切な価値であっても、客観的には評価され難いものとして考えられてきました。
価値をお金に換算するのが経済の基本ですが、ものの価値には、資産価値(ストック)と使用価値(フロー)があります。使用価値の高い家は、居住者には住み易くても、他人には住みにくく、資産(ストックとしての)価値は低いのです。
しかし、住まい手にとっては、使い込み、磨きこみ、使い回された家や道具には愛着があり、その家族の記憶をかたちづくっています。この使用価値を、他人にどうのこうのと言われたくありませんが、それは住み手側の都合であって、他人にとっては意味を成しません。そんなわけで、日本には使用価値はあっても、古民家のような特殊解を除いては、住宅には資産価値はないものと考えられてきたのです。

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  1. koikeさんからのコメント

    2009/10/27(火)11:26

    現実は「びお」に書いたようには進んでいなくて、今の「フラット50」は金利が高くて、「フラット35」のそれに比べて、支払総額で800万円ほどの違いがあります。これは金融機関がリスクを負えないからで、モーゲージ(建物担保)ローンを目指しながらも、まだクレジット(個人信用)に留まっているのが実情です。
    そんな状態を打破すべく、町の工務店ネットでは、このほど前原国交大臣宛に提言書を書き、受理してもらいました。
    明日の「びお」更新で、その全文を掲載しますのでご一読ください。  小池拝

  2. キムラさんからのコメント

    2009/10/27(火)10:11

    35年でさえ気の遠くなるような話だけれど、50年は更にわからない。
    わからない先を子どもに託すことが良いことではないと思っていたけれど、
    価値のある家を財産として残すということは、
    素晴らしいことだと思います。

  3. 丸山 政男さんからのコメント

    2009/3/1(日)12:43

    住宅建築には色んな建て方・構造がありますが、建築工事費については、キッチリと判り易く説明してくれる会社がありません。品質が違うからがほとんどの会社の言い分です。でもよく考えてみて下さい。

    住宅メーカーで住宅をトヨタ車のように工場で自社製造している会社は1社もありません。部品設備・建材の会社からオリジナルといいながら建築現場で寄せ集めているだけです。車のエンジンの値段はトヨタが作っているので分かりません。

    でも、木材の値段も鉄骨の値段もキッチンの値段もばら売りされているのでわかります。建築業者であればカタログ定価の40%位の値段で買えるのも判ります。住宅会社の建物価格の大半(30%~40%)が宣伝広告・販売体制維持費だという事実を見積書に記載したら一般の方はビックリですよ。

    世界の建物との価値の比較もいいんですが、日本の住宅会社の基準法に守られた大談合体質も改革されるべき。フラット50で借りた建築資金の大半は、あなたの家の品質アップではなく宣伝広告費と営業経費で消えるんですよ。
    もっとも、建築費が高いのが自慢の方が多いのも事実。どうぞ無理してでもフラット50で。

  4. 高井さんからのコメント

    2009/1/28(水)13:07

    ローンを払い終わらないうちに資産評価ゼロだなんて。気づいてみたら、建物って、そういう扱いだったわけですね。これは目からウロコでした。

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