特集

スズ鉱山とジェームス・ボンド タイ・プーケット

山口由美 (旅行作家)
2009年09月18日 金曜日
Share on Facebook
このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - スズ鉱山とジェームス・ボンド タイ・プーケット

インディゴパールのプール。タイヤのオブジェが印象的。

インディゴパールのプール。タイヤのオブジェが印象的。

プーケットマラソンへ

プーケットマラソンの参加者は、タイ在住外国人、近隣諸国のほか、日本からも多い。

プーケットマラソンの参加者は、タイ在住外国人、近隣諸国のほか、日本からも多い。

プーケットを知っていますか。
アジアのビーチリゾートに興味がなくとも、二〇〇四年十二月のスマトラ沖大地震による津波の被災地として、地名を記憶している人も多いでしょう。
タイ南部、アンダマン海に浮かぶタイ最大の島がプーケットです。シンガポールとほぼ同じ面積を持ち、「アンダマンの真珠」などと呼ばれます。
今年六月、私は、このプーケットで開催されるラグーナプーケット国際マラソンに参加しました。といっても5㎞ウォーキングですが。
当日は、雲ひとつない晴天に恵まれました。それゆえ、早朝から三〇度を超える暑さではあったのですが、ノリのいいBGMで盛り上がる会場の高揚感に乗せられて、とても楽しい体験でした。

プーケットマラソンのスタート風景。タイらしいコスプレのランナーも。

プーケットマラソンのスタート風景。タイらしいコスプレのランナーも。

津波からの復興を目的に始まったマラソンは、今年で第四回目。会場となるラグーナプーケットは、島内屈指のリゾートエリアです。最近、世界各地でこうしたマラソン大会が開かれますが、リゾートの緑豊かなコースと、タイならではのホスピタリティ、のんびりした雰囲気が魅力になっています。

ラグーナプーケット国際マラソン
http://www.lagunaphuket.com/events/marathon/index.php

スズ鉱山の島

ラグーナプーケットのラグーンをボートがゆく。

ラグーナプーケットのラグーンをボートがゆく。

アジアのビーチリゾートとして、インドネシアのバリ島に並ぶ人気を誇るプーケットですが、一九三〇年代から文化人や芸術家に注目されたバリ島とは異なり、観光地としての歴史は、比較的新しいのが特徴です。しかし、何もなかった島、という訳ではありません。
では、何があったのか。
実は、プーケットは、スズ鉱山の島でした。
タイ最大の生産地であったのはもちろん、タイのスズ輸出量は世界二位、三位を誇り、プーケットのスズは、長くタイの経済を支えてきた産業だったのです。
そんな物語を知ったのは、マラソン会場であるラグーナプーケットの歴史を紐解いたのがきっかけでした。
ラグーナプーケットは、その名のとおり、大きなラグーンを中心に、水辺にリゾートホテルやゴルフコース、ショッピングモールなどが点在します。
そのラグーンの正体が、スズを採掘した後に出来た水たまりだったというのです。放置されていた荒地に目をつけたのは、シンガポールの実業家でした。毒素で汚染された土壌を整備して、スズ鉱山の跡地は、緑豊かなリゾートに生まれ変わったのです。

ジェームズ・ボンドを呼んだ男

プーケットの歴史の生き字引、ウィチット・ナラノーン氏。

プーケットの歴史の生き字引、ウィチット・ナラノーン氏。

ラグーナプーケットに最初のリゾートホテルが誕生したのは一九八七年のことでした。南の楽園として、日本でプーケットが知られるようになったのは、この頃ではなかったかと思います。
しかし、スズ鉱山の島が、観光の島に生まれ変わるには、もうひとつの物語がありました。
一九七〇年代、スズ鉱山がまだ盛況だった頃、ひとりの青年が、プーケットに初めての映画館を開きました。彼の名前は、ウィチット・ナラノーン。五世代にわたってスズ鉱山を経営してきた一族の息子でした。
映画なんぞにうつつをぬかす困った道楽息子、親たちからはそう思われていたに違いありません。
そんな彼に思わぬ出来事がおこります。
たまたま知り合いになった「007シリーズ」の監督に、タイを舞台とした作品のロケ地にプーケットを推薦したところ、なんと採用になったのです。映画青年のウィチットは大喜び、無報酬のボランティアで、ロケ隊のコーディネイターを勤めたのでした。
それが、プーケット郊外のパンガー湾を世界的に有名にした『007 黄金銃を持つ男』(一九七四年公開)です。そして、映画の舞台となった無人島は、ジェームスボンド島と呼ばれるようになったのでした。

テーマパーク、プーケット・ファンタジアの入り口。電飾で飾られた岩は、パンガー湾のジェームスボンド島を模している。今もプーケットの象徴なのだ。

テーマパーク、プーケット・ファンタジアの入り口。電飾で飾られた岩は、パンガー湾のジェームスボンド島を模している。今もプーケットの象徴なのだ。

スズの衰退、観光ブームの到来

プーケット・ナイヤンビーチの夕暮れ。

プーケット・ナイヤンビーチの夕暮れ。

この映画をきっかけに、欧米から少しずつ観光客が訪れるようになります。しかし、まだ海岸に小さなバンガローが数軒ある程度。観光地と呼べるようなものではありませんでした。
一九七六年、ウィチットは、映画館の横に「パールホテル」というホテルを開業します。ホテルの名前は、プーケットが「アンダマンの真珠」と呼ばれることから発想しました。映画青年は、なかなかのアイディアマンでもありました。
一九八〇年代に入ると、スズの国際市場でブラジルが台頭。国際価格の均衡が破られて、プーケットのスズ産業は一気に衰退します。ウィチットが種を撒いた観光業に人々の興味が集まりました。昨日までの道楽息子が、島の救世主になったのです。初代のプーケット観光局長でもあった彼は、空港の滑走路を拡張し、タイ国際航空の就航に尽力します。そして、便利になったプーケットに観光ブームが到来したのでした。
ラグーナプーケットの誕生など、その後のプーケットの発展は、すべて、ウィチット・ナラノーンの先見の明あって、だったのです。

「スズ鉱山」をテーマにしたホテル

インディゴパールのロビー。いかにもおしゃれなデザインホテルだが、テーブルの上に工場っぽい無骨なものが。

インディゴパールのロビー。いかにもおしゃれなデザインホテルだが、テーブルの上に工場っぽい無骨なものが。

パールホテルは、島北部のナイヤンビーチという静かな浜辺に宿泊客用のビーチを持っていました。一九八六年、ウィチットは、ここに「パール・ビレッジ・ホテル」というリゾートホテルを開業しました。
津波後の二〇〇六年、この「パール・ビレッジ・ホテル」が全館改築して生まれ変わったのが「インディゴ・パール」です。
それは、かつて見たこともない、斬新なコンセプトのホテルでした。リゾートだというのに、デザインコンセプトが「スズ鉱山」だと言うのですから。
スイスのホテルスクールに学んだウィチットの娘が、ホテル再生プロジェクトに白羽の矢を立てたのは、アメリカ人の建築家にしてデザイナーのビル・ベンズレー。目指したのは、ほかのどこにも似ていないホテルでした。その結果、オーナーの家族の歴史であり、プーケットの島の歴史でもある「スズ鉱山」というアイディアに至ったのだそうです。

インディゴパール
http://www.indigo-pearl.com

家族の歴史を今に伝えて

トンカ・ティン・シンジケートの内部。天井の丸いうちわのようなものが電動扇風機だ。

トンカ・ティン・シンジケートの内部。天井の丸いうちわのようなものが電動扇風機だ。

トンカ・ティン・シンジケートの入り口。スズを溶かす炉の扉がサインになっている。

トンカ・ティン・シンジケートの入り口。スズを溶かす炉の扉がサインになっている。

トンカ・ティン・シンジケートにて。工場で使われた黒板だろうか。

トンカ・ティン・シンジケートにて。工場で使われた黒板だろうか。

ティン・マイン・レストランの制服は、ちょっと工場労働者風。

ティン・マイン・レストランの制服は、ちょっと工場労働者風。

 ハンマー、ペンチ、ヘルメット、タイヤ。メインカラーはグレー。ビーチリゾートのテーマとしては恐ろしく無骨なアイテムが、ホテルのあちこちで、ユニークな形で着地しています。メインレストランが「ティン・マイン(スズ鉱山)」、プールサイドには「アンダーグラウンドカフェ」。名前もまたユニークです。
特に私が気に入ったのは、「トンカー・ティン・シンジケート」というバーでした。入り口には、スズ精製の炉で使った木製の用具が、天井には、工場で使った電動の扇風機が、そして、壁には事務所で使われたそろばんが飾ってあります。バーカウンターの上には一枚の古い顔写真が。聞けば、ウィチットの祖父だそうです。
それらは、装飾であると同時に、スズ鉱山と、それに関わってきた家族の歴史でもあるのです。最新のデザインホテルでありながら、どこかクラシックホテルのような温もりを感じさせるのは、デザインのテーマが、その土地の「物語」だからでしょう。
スズの歴史が終わったいま、家業に背をむけていた孫息子が残した「家族の歴史」を、写真の祖父は、どんな思いで眺めているのでしょうか。
山口由美

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。旅とホテルをテーマにノンフィクション、小説、紀行、エッセイ、評論など幅広い分野で執筆している。日本旅行作家協会会員。日本エコツーリズム協会会員。

関連記事

コーヒーとエコツーリズム タンザニア キリマンジャロ山麓
http://www.bionet.jp/2009/08/tanzania/

マンハッタンと呼ばれた島 北マリアナ諸島[テニアン]
http://www.bionet.jp/2009/05/tinian/

石器時代からやって来た島 パプアニューギニア
http://www.bionet.jp/2009/01/papuanewguinea/

コメント・トラックバック

この記事へのトラックバックURL :

この記事へのコメントRSS

コメントはこちらから!

コメント

以下の記事もどうぞ
no01-2_umegochitop

立春といわれても、まだ冬だよ、といわれる寒波がこの列島を襲っています。けれど、日脚を見ると一日一日伸びていて、木々を見ると芽吹いていて、なるほど立春なのだ、春は立っているのだと思います。

町の工務店ネット町の工務店ネット

住まいネット新聞「びお」は、
町の工務店ネットがお届けしています。

最近の記事

記事を探す

月別

カテゴリー別

タグ別

現代町家

ツイッターtwitter

びおの関連・関心を
タイムリーにつぶやきます!

現代町家現代町家

その家は、前を通る人の家でもある。


ページトップ