花々舎の草花
秋分・蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ) センニチコウ
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「植物の名前はカタカナで書いて下さい」とおっしゃったのは生物を公民館で教えていた先生の言葉。
千日紅とか百日草とか桧扇などはカタカナで書くと歯がゆい思いをしたものです。
千日紅はよ〜く見るとたくさんの小さな花が集まって2cm前後の球体を形作っています。
造り酒屋の軒下に“新酒ができました”のサインに吊るす、杉玉を連想しました。
杉玉の作り方を見ていたら、大量の杉の葉を使うのに驚きました。
千日紅はその一輪に小さな花がどのぐらい集まっているのでしょう。
千日紅はドライフラワーに適した花です。
リースもいいけれど、浴衣姿の女の子が千日紅の髪かざりをしていたら、どんなに素敵でしょうか


今年の中秋の名月は10月3日です。今年は随分と遅い感じがしますが、これは旧暦1日(ついたち)の決め方から来ていて、朔と望までの日数が月の軌道が円でないなどの理由から変化します。そんなわけで、今年は10月3日なのです。昨年は9月14日でしたので、年によって随分開きがあるものですね。
最近は少なくなっていますが、古くから日本には中秋の空に昇る満月を鑑賞する風習があり、芋 団子 枝豆 薄の穂などと一緒に月を愛でます。お月見は特別の夜です。
その夜、尾崎放哉の句にあるような、まん丸い月を愛でられたらいいですね。
去年、小豆島に流れた放哉が墓守をしていた庵に寄りましたが、あの庵の窓から眺める月は、きっとそんなふうだろうな、と思いました。太陽に向かって開かれた窓というより、放哉がそこにいたというだけで、そんなふうに思えるところに、放哉の句がもつ世界があります。
村上鬼城の句に出て来る馬も、何だか今夜は愉しそうです。
満月の夜は、昼の明るさとは別種の明るさがあります。普段、くぐもって暮らしているような人までも、明るい気分にしてくれます。この二人の俳人は、明朗な性格の俳人とはいえません。放哉の句といえば、自由律の「足のうら洗えば白くなる」「肉がやせてくる太い骨である」などです。重度の聴覚障害者であり、境涯俳句の鬼城といえば、「冬蜂の死にどころなく歩きけり」「夏夕蝮を売って通りけり」などの句が顔を出します。けれども、中秋の満月の夜だけは、この二人をしても奇妙に朗らかなのです。お正月などより、この二人にとって、一番うれしい夜のように思います。
では、中秋の名月はいつも晴れているかといえば、実は晴天率が低いというデータがあります。 この時期(現在の暦の 9〜10月)は、いうまでもなく台風のシーズンです。秋の長雨の時期にもかかります。江戸時代の書物には「中秋の名月、十年に九年は見えず」というようなことが書かれています。
さて、今年の名月は、放哉や鬼城らを照らしてくれる月になるのでしょうか。
秋分「蟄虫坏戸・むしかくれてとをふさぐ」
http://www.bionet.jp/2008/09/bio72_47/





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