花々舎の草花

白露・鶺鴒鳴(せきれいなく) 百日草(ジニア)

2009年09月13日 日曜日
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百日草(ジニア)
百日草(ジニア)02

名前に数字のついた植物はいくつかあって、いま咲いている花では日々草、百日草、千日紅などでしょう。
そのうちの百日草の百日とは花の咲いている期間を表しているのですが、百日とは控えめで初夏から秋まで咲き続けてくれます。

近所に百日草を見事に咲かせているお宅があります。
農家の風情を残すその庭先にマーブルチョコレートを撒いたような百日草の花色が賑やかです。

3年前の夏の終わりに、ひとかかえ程の百日草を頂きました。
そのまんま、古びたブリキのバケツに放った時の嬉しさを思い出しました。


旬の句

百日草(ジニア)03
母が85歳のとき、畳の上で転んで足の骨を折りました。老いるとはそういうことかと思ったものです。老いとは「衰弱と死」に向かっての降下だといわれます。
若い頃、人の死は遠くにありました。それが、死は自分のすぐ横にあると思うようになったのは、自分の身近な人の死に接してからです。殊に母の死は、人は、衰えて滅することを否が応でも分らせてくれました。
モンテーニュの『エセー』に「老年はわれわれの顔よりも心に多くの皺を刻む」という言葉があります。小泉旅風の句には、それを海に来て泳がぬ父に見ます。かつて父は、自分の水泳の手本であったのでしょう。きれいに、あるいは力強く泳いでいた父が、一向に海に入ろうとしない、そのことに父の老いを心に刻むのです。


百日草(ジニア)04
若い頃、日野草城は早熟の天才といわれました。その草城が肺結核に罹り、緑内障によって隻眼失明し、床に伏します。この句は、そんな草城の晩年の句集『人生の午後』に収められた句です。草城の肺結核の発症は1946年(昭和21年)でした。この句集はそれから7年後の句集です。「くろぐろと汗に溺るゝほくろかな」「棕梠咲けりじわりじわりと蝉なける」「ながながと骨が臥てゐる油照」、どの句も深沈として陰鬱です。
病床にいる自分に向かうとき、草城は容赦なく実像を詠みます。それは草城にとって、輝ける前半生の句の裏返しであって、別個のものではなかったように思います。骨しか残っていない自分を、ふわりとかかる夏布団にみる怜悧さは、虚構の新婚初夜を「けふよりの妻と来て泊つる春の宵」「枕辺の春の灯は妻が消しぬ」などと詠んで激しい論争を呼んだ『ミヤコホテル』の一連の句と、本質において、何も変わらないように思われるのです。


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