花々舎の草花

白露・草露白(くさのつゆしろし) ケイトウ

2009年09月07日 月曜日

ケイトウ01
ケイトウ02

鶏頭と書きます。
ニワトリの頭にあるまっ赤なトサカから命名したのでしょう。
質感も含めて“鶏頭”とはぴったりですね。

10年も前でしょうか。
マミ川崎・川崎景太 両氏に依る――いまだ見ぬはな展――で見たケイトウはそれはそれは大きくてマグマの塊のようでした。
私はそれ以来、大きなケイトウを“おばけケイトウ”と勝手に名づけて呼んでいます。

今回はケイトウの鮮やかな色合いを生かしてメッシュ状に編んだ柳に絵の具を置くようにケイトウを配してみました。


旬の句

ケイトウ03
釣り船で下田から三宅島沖に向かった時、自分は地球のてっぺんにいるように感じました。地球が丸い説は、アリストテレスや、プトレマイオスなど、ギリシャ・ローマの時代からありましたが、実感ということになると、大航海時代に大海原に出た者たちでしょう。行けども行けども四方八方海ばかりで、そこに点のように島が首を出し、それが段々と大きくなり、ついにはそれが大陸だと分かったとき、どんなふうだったのか、想像するだけでドキドキしますね。
この句は、烏賊釣火をみて「地球はやはり丸くあり」と詠みます。尾池さんは前京大総長で、有名な地震学者です。尾池さんは『洛中洛外――地球科学と俳句の風景』(宝塚出版)という本に因んだブログにおいて、地震の分布に触れ「南極大陸の周りには細長い地震の帯がぐるりと取り巻いている。これは他のプレートが南極大陸からどんどん離れて行くことを意味している。その結果、プレートは東アジアや南アメリカ西岸などに集まってくる」ことが分かると書いています。この句のおもしろさは、地震学者が詠んだ句だということです。尾池さんには「旧石器と聞けば疑ふ鰯雲」「プレートの出会ふ地溝の霞かな」という句もあります。


ケイトウ04
この句は、骨髄性白血病による肺炎のため早世した田中裕明の句です。
尾池さんはブログ(前掲)のなかで「押し合うプレートとプレートの境界には、深い海溝が形作られていて、もし海底に立って見上げれば、押し合いで形成された日本列島は、大山脈となって、目の前に壁のようにそびえているはずである。それが水の惑星である地球の大きな海に浮かんでいる」と書き、そのあとに、京大の後輩でもある田中裕明の句を紹介しています。田中には、「耳底とおもふあたりの土用波 」「覚めてすぐ近き水音をとこへし」などの句があり、三冊の句集が出ています。
さて、尾池さんは筆者が関係する「森里海連環学」の産みの親でもあります。この学問は、森と里と海は川で繋がっていて、その大循環のなかに森林学や水産学のフィールドを置いて学問しよう、というもので、京大の中に研究所がつくられました。
時計台のある建物で、一年に一回シンポジウムも開かれていて、筆者もパネラーの一人として登壇しました。シンポジウムのあと、あれこれ尾池さんとお話していて俳句の話に及びました。お酒も手伝ったのか、頬を赤く染めた尾池さんは、実に楽しそうに俳句と地震について語られたのでした。
「山さけて成しける池やみずすまし」……これは、寺田寅彦の句です。


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