花々舎の草花
処暑・禾乃登(こくものすなわちみのる) カクトラノオ
2009年09月02日 水曜日
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カクトラノオの薄紫の花が咲き揃いました。
この花を見ると暑さの峠を越したなとホッとします。
花を活けるのに葉を下の方からだんだんとはずしていくと、四角な茎に横シマが現れます。
そのシマ模様が虎の尻尾に似ているのかしら?
虎の尾とは大袈裟ではあるけれど葉に隠された虎の尻尾模様が面白くて、ついつい花のすぐ下の葉までもはずして失敗したことがあります。
空き地にはえていたセイバンモロコシと三尺バーベナを一緒に活けたら秋の風が
吹きました。

この句は、虚子が取り上げて激賞したことから有名になりました。ここに言う「あなたなる」は、遠くの方、彼方から見て、という意味です。この句には詞書があって、「二十五日仙台に着く。みちはるかなる伊予の我が家をおもえば」とあります。つまり、仙台から伊予を眺めての句です。仙台(あるいは道中)でみた夜雨の中の葛をみて、芝不器男(しばふきお)は故国伊予を思うのです。時間と空間を鮮やかに捉えていて、絵巻物のような句です。不器男は夭折の俳人として知られます。肉腫に冒され26歳の若さで亡くなりました。生涯に残した句は175句に過ぎませんが、清冽な青春の叙情句によって、今も輝き続けています。……「永き日のにはとり柵を越えにけり」「うまや路や松のはろかに狂ひ凧」「風鈴の空は荒星ばかりかな 」「空の光りの湯の面にありぬ二月風呂」、どの句も秀逸です。

飯田龍太(いいだ・りゅうた)は、飯田蛇笏の四男として生れました。自宅は、甲府市内を見下ろす高台にありました。細い坂道の上にある屋敷で、大きな屋根と深い軒先を持っていて、庭には大木、老木が繁っていました。「ふるさとは坂八方に春の嶺」「いきいきと三月生る雲の奥」「白梅のあと紅梅の深空あり」、龍太の句は、この自然と共にありました。龍太は、しばしば「自然とは親しみて馴れず」と語ったといいます。自分は自然を見ている、しかしその実、自分は自然に見られている、包まれている。自然と自分が一体になれたと思うとき、自分の句があるということでしょうか。
そのようにして、「花葛の果ての果てまで昼の海」という句を詠むと、味わい深いものがあり、何と幸せな人かと思います。
そのようにして、「花葛の果ての果てまで昼の海」という句を詠むと、味わい深いものがあり、何と幸せな人かと思います。
びお七十二候
処暑「禾乃登・こくものすなわちみのる 」
http://www.bionet.jp/2008/09/bio72_42/





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