花々舎の草花
処暑・綿柎開(わたのはなしべひらく) タカサゴユリ
2009年08月23日 日曜日
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鉄砲ユリに似たタカサゴユリを今年の夏はあちこちで多く見うけます。
高速道路の法面、畑の片隅、駐車場の奥、わが家の狭い庭にも3本、そして玄関のアプローチに1本はえています。
こんなふうにどこでもはえて目立つのです。
自生のササユリもヤマユリもいまでは幻のユリと騒がれているのに、この高砂ユリの繁栄ぶりをどう考えたら良いのでしょう。
夏草の茂みからすっと顔を上げて飛んでゆく白い鳥を見た気がしたのは、腕にかかえた高砂ユリの香りに酔ったのでしょう。

汗のにおいは、普通、あまり好まれません。特に最近の若い人は、体臭を嫌がり、その体臭の原因になる汗を気にします。けれども、清少納言は、自分が掻く汗のにおいが好きでした。
「風いたう吹きて、雨など騒がしき日、おほかたいと涼しければ、扇もうち忘れたるに、汗の香すこしかかへたる綿衣(わたぎぬ)の薄きを、いとよくひき着て、昼寝したるこそ、をかしけれ。(第四十一段)」
自分の汗のにおいが滲みこんだ綿入れを着て昼寝するのは最高よ、というのです。
この句に同性愛的な雰囲気を感じた人がいて、ネンテンさんは少しばかり困ったようですが、相手の汗のにおいが好ましいと感じられたら、愛するようになった証かも。
「風いたう吹きて、雨など騒がしき日、おほかたいと涼しければ、扇もうち忘れたるに、汗の香すこしかかへたる綿衣(わたぎぬ)の薄きを、いとよくひき着て、昼寝したるこそ、をかしけれ。(第四十一段)」
自分の汗のにおいが滲みこんだ綿入れを着て昼寝するのは最高よ、というのです。
この句に同性愛的な雰囲気を感じた人がいて、ネンテンさんは少しばかり困ったようですが、相手の汗のにおいが好ましいと感じられたら、愛するようになった証かも。

鷹羽狩行(たかは しゅぎょう)の句は、同じように汗を扱っていても、ネンテンさんの句と異なります。好きとか嫌いと言った感情、雰囲気は排されて、そこにあるのは言葉の明晰さです。「言葉なり」と括っているところが、いかにも狩行です。続いて出てくるのは、〈言葉は思想なり〉ということになるのでしょうか。代表句とされる「二滴一滴そして一滴新茶かな」「一対か一対一か枯野人」「落椿われならば急流へ落つ」「紅梅や枝々は空奪ひあひ」などにも、それは共通していて、あいまいさが排せられ、ひたすら理知へと向います。新茶の句など、茶の香や味を何も問題にしません。ただ最後の一滴までこだわるあり方そのものに、それが新茶というものだ、という作者の意思が示されています。
びお七十二候
処暑「綿柎開・わたのはなしべひらく」
http://www.bionet.jp/2008/08/bio72_40/





2009/8/25(火)07:05
タカサゴユリ
今の時期、野山のあちこちに目につく野生のユリの花。人が手を入れた荒れ地のようなところに特に多く分布している。もしかしてと思って調べてみるとやはり外来種(台湾原産)。タカ…