花々舎の草花

立秋・蒙霧升降(ふかききりまとう) ハスの実

2009年08月18日 火曜日

ハスの実01
ハスの実02

ハスの花には思い出がふたつあります。ひとつは我家から車で1時間程東へ行ったところにある袋井・松秀寺のハスの花。
――ポンと音がしてハスの花が開くのよ―― その瞬間の花の姿が見たくて、明け方、娘と一緒に見たハスの花。
そして、伊良湖岬へ行く途中にある、福江町潮音寺の大賀蓮(古代蓮)(注)。泥水の中から立ち上がって咲くその姿に“更生”を重ねて語る先輩もいらっしゃるけれど、ただ、ただ美しいとため息を洩らすことしか仕様のない私は、ハスの花にハサミを入れることなど考えてはならないと肝に命じました。
(注)1951年、東京農大教授 大賀一郎氏が弥生時代の地層から蓮の実を発見、2000年の眠りから目覚めさせ発芽、成長させた蓮


旬の句

ハスの実01
8月は死者の月です。お盆ということもありますが、原爆記念日があり、8.15があります。今回も戦争の句を続けます。渡辺白泉は、戦争を詠んだ俳人として知られます。「戦争が廊下の奥に立つてゐた」という句が有名です。戦前の学校には、廊下の奥に軍服を着た憲兵が立っていました。続いて白泉は、「憲兵の前で滑つて転んぢやつた」という句を詠みます。共に昭和14年の句です。何とまあ諧謔に満ち、豪胆な句であることか。この翌年に「京大俳句」弾圧事件に連座して検挙されます。これだけおちょくれば、権力の神経にビリビリくるでしょうね。8.15では「玉音を理解せし者前に出よ」「玉音終わるや長官の姿なし」と詠みます。石田波郷とは同年生まれ。二人は友達でした。


ハスの実01
リアリズム俳句の極致です。白泉は、どこか観念がものをいっていますが、三橋敏雄の句は観念が削がれて、ただそこに現実があります。「そらを撃ち野砲砲身あとずさる」「射ち来たる弾道見えずとも低し」、三橋はこれらの句を18歳のときに詠みました。ということは、戦争の現場にいて詠まれたものではなく、銃後にあって、観念で詠まれた句です。新興無季俳句の嚆矢とされる句で、早熟の天才といわれるユエンです。戦後になって、三橋は句作を中断しますが、戦後10年を経て、「熱帯戦跡行」四十句を発表して再開します。「いつせいに柱の燃ゆる都かな」「戦争と畳の上の団扇かな」、観念がややまさる句へと変化しましたが、三橋健在というところです。三橋の句のなかで、わたしが好きな句は、「卓上の石炭一個美しき」という句です。


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