興味津々

「エキナカ」

玉井一匡(「びお」編集員)
2009年07月31日 金曜日
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アトレヴィ田端 ぼくは、ときどき日暮里の駅で乗り換えることがある。しばらく前から日暮里の駅で工事が続いていて、何をつくるんだろうかと思って眺めていたのだが、たまたまいつもと違う階段をのぼっていくと突然のように商店街の中に放り込まれた。行きがけは時間がなく、目覚めた好奇心だけを残して乗り換えて行ったので、帰りがけに階段をのぼってちょっと探検をしてみた。20近くの店がならぶ大きな商店街ができている。
数日前に開店したばかりだった。しかも、その大部分が、これまでの日暮里にはなかったようなおしゃれな店なのだ。きれいでうまそうなケーキ屋だの気の利いたデザインの手ぬぐいを売る店だのがならんで、客の気を引いている。あとで調べたら「エキュート日暮里」という。「駅」と「cute」を合成したのだろう。
http://www.ecute.jp/nippori/

ここは、JRが都心をむすぶ山手線と郊外へゆく常磐線がつながるだけでなく、成田空港までいく京成線もある。三つの線路は平行して走っているので、それらを結ぶ跨線橋が線路をまたいでいる。そこを通る乗りかえ客は相当な数にのぼるだろうから、その客を手を拱いて通過させるのはもったいないと考えるのは、利益をあげることを目的とする企業となった国鉄としては当然のことなのかもしれない。だが、どうも釈然としない気持ちが残る。
 大宮の駅に「デパ地下」の食品売り場のように豊富な商品と活気に満ちた客を見たときに、こういうことをしていいのかと思ったものだが、ここは店の印象がちょっとちがう。デパートでいえば専門店のテナントがならぶフロアのように、小規模な、けれども魅力的な売り場がならんでいる。だからこそ、ますますこれでいいのかという疑問がうかんでしまう。

そもそも鉄道というものは、まちをつくるためにつくられたものだ。私鉄は沿線に住宅地開発をしたり遊園地をつくったりして、そちらで利益をあげるために鉄道を利用してきた。国鉄は、そうやって利益をあげることはせずに、ひたすら住民のために乗客のためにつくしてきた。もともと儲けるためにつくられたのではないから、そういう国鉄が利益をあげられるはずがないのだから国が金を出して支えてきたはずだが、その赤字が甚だしいと言って民営化した。民営化とは、利益を目的とする組織になるということだ。だから、線路の上のスペースとそこを通る乗客を利用して利益を追求し、競争に勝つということは、企業として当然のことだというのがJRの論理だろう。しかし、線路の上のスペースであれ乗客であれ、JRの資産は国鉄からひきついだものではないか。国からもらったもの、つまりひとりひとりの国民からもらったものだ。そういうアドバンテージを利用して、周囲のまちの商店から客を奪いとるというのは、やはりおかしいのではないか。駅前の商店街は、まちの外をかすめる幹線道路に群がる大型店とエキナカの商店街に挟み撃ちをくらって、シャッターの下りた商店を増やすことになるだろう。

「エキュート日暮里」ができる少し前に、たまたまJRに勤務していた友人に電話をかける機会があったので、エキナカがまちをこわすのではないかと言ったことがある。彼は建築の出身で国鉄に行ったから、駅ビルの企画や運営をしてきたのだ。
すると、規模は小さいけれど田端に、駅ビルというよりは街路のようにつくったところがあるから、そこを見てくれ、むしろ地元の商店の人たちからも活気ができると喜んでもらっていると言う。
田端に行く機会があったので寄ってみると、そこはエキナカではない。つまり、いったん改札をでてから入る。いいかえれば、近所のひとたちは切符を買わずに入ることができるもので、「アトレヴィ田端」という。
http://www.ekipara.com/building/K1040R18.html

わずかだがスキップフロアをつなぐ路地に店がならぶようにつくられていて、店の中からプラットフォームを見下ろせるところもある。テナントは高級なスーパーマーケットやTSUTAYAなどが入っている。友人のかかわったしごとだからというわけではないが、こぢんまりして自然な雰囲気がなかなかいい。ひとつの方向性を示していると感じた。
こんどは、まわりの商店のひとに直接評判を聞いてみよう。

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