興味津々
興味津々・No.072
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バナナは高級な果実だった、という記憶を持っている人はまだ多い。噛むとすぐなくなってしまうので、舌で転がしながら、惜しむようにゆっくりと味わったものだ。法事でもらう饅頭のあんこもそんなふうだった。その頃も今も、スイカは手に入る果実だった。もしスイカが高価なものなら、味わいはまるで違うのではないだろうか▼日本の甘いスイカの味を知っていると、中国で食べるスイカは、同じスイカかと思うほど味気ない。北京や上海で料理を食べると、食後のデザートとしてスイカがよく出る。中国の市場に行くと、小高い山のようにスイカが置かれていて、そこへまたスイカを山のように積んだトラックがやってきて、もう一山、積んで行った▼高度経済成長期は、マスクメロンが花形だった。日本橋の千疋屋や、新宿の高野フルーツパーラーのマスクメロンは垂涎の的だった。できのいいメロンを栽培すると、自分では買えないほど高価になっていることを知って、当の農家は驚いたという▼ベトナム国境に近い中国の南寧を訪問したとき、喜ばれると聞いて、津軽のリンゴ富士をお土産に持って行った。果たして当地の人たちの喜びようは、こちらの予想をはるかに超えるものがあった。かつての日本人が、バナナやパイナップルなどの南方の果実にロマンを感じたように、雪国の果実ということが、彼らのロマンを駆り立てたのだろうか▼その折、南寧ではマンゴーと茘枝(レイシ/英名ライチ)をいただいた。南寧の街路樹はマンゴーの樹である。マンゴーは常緑高木で、樹高は40メートルにもなる。街路は葉が繁って暗いほどだった。実がなると街中がマンゴーの匂いでむせ返る。松脂に例えられる独得の芳香である。果実としての味は、日本のそれより落ちるものだったが、果汁にすると変わりなかった▼茘枝(レイシ)は、日本では硬い食感のものであるが、南寧のそれは完熟状態のものを捥いで食べるので、水分がわーっと溢れ出て、芳香が強くて、美味だった。茘枝は、楊貴妃が華南から長安まで、数千百里を8日8晩早馬で運ばせた話が有名である。茘枝は、樹上になっているときは果皮が鮮赤色をしているが、すぐに色あせて茶色になってしまう。日本で売っている茘枝は、みんな茶色である▼果実は、水菓子ともいう。子規の病床日記『仰臥漫録(おうがまんろく)』には、しきりに水菓子という言葉が出てくる。床に伏している子規にとって、果物は毎日の救いであったに違いない▼果実は乾燥した国では水分の補給源として重要な役割を果たしている。もし果実に滴り落ちる水分がなかったら、魅力の大半を失うであろう。しかし、果実を乾燥させたドライフルーツは、糖分濃度が高くなり、保存に適していて、それはそれでおいしい。果実は、新鮮なものもドライもいいのだ。
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「てぃだのゆりかごのマンゴーをどうぞ」
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