興味津々
興味津々・No.070
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太平洋戦争の開戦前夜、ルーズヴェルト米大統領(当時)の密使とされる二人の米国人神父と、日本の首相である近衛文麿により、箱根富士屋ホテルを舞台に極秘の交渉が持たれたという逸話を、消えたレジスターブック(宿泊名簿)を追うことで明らかにしようという本が新潮社から発行された。山口由美著『消えた宿泊名簿――ホテルが語る戦争の記録』という本である▼この著者の名前を聞いて、あの人かと思い出す人は『びお』のツウといえよう。当サイトの特集記事を、二回も書いていただいているのである。
特集
石器時代からやって来た島 パプアニューギニア
http://www.bionet.jp/2009/01/papuanewguinea/
マンハッタンと呼ばれた島 北マリアナ諸島[テニアン]
http://www.bionet.jp/2009/05/tinian/
今週の『週刊新潮』に、山口由美の特別読物「初めて明かされる天皇皇后両陛下『サイパンご訪問』秘話」が出ているが、びおの「テニアン」特集を読んであったので背景がよく分かった。あの記事も、サイパン諸島に因むイメージ、それから広島・長崎への原爆投下の一般的な理解を覆すものだった▼新刊の内容について触れよう。昭和20年の近衛文麿の服毒自殺は、世間一般には戦犯として裁かれるのを嫌ってのことと解釈されているが、もしこの日米極秘交渉の詳細が明らかになれば、違う解釈になるのかも知れない、と筆者は書く▼このことは、当時、富士屋ホテルの経営者だった山口正造の兄で、日光金谷ホテルの経営者だった金谷眞一が戦後に書き残した「公(近衛文麿のこと)の心事をよく知って居るつもりであるので、そう簡単にこの死を割切って考えられない」という手記と重なると筆者は推理する。そして、消えたレジスターブックへと話は展開する▼富士屋ホテルのレジスターブックは、ラフカディオ・ハーンのサインや孫文のサインもあって、神奈川県の文化財に指定されているほど貴重なものである。収蔵されているケースには「非常時持ち出し」と記されている。そのレジスターブックの1940(昭和15)年と、1941(昭和16)年分が、どういうわけか消えているのである。ハワイの真珠湾攻撃によって太平洋戦争が開始されたのは、1941年12月8日である。つまり、その年とその前年分だけが欠けているのである▼調査した結果、1941年分だけは見つかった。しかし開いてみたら1ページ目の記録があるだけで、あとはすべて白紙だった。だれが、何の目的で持ち去ったのか。実は、同じ2年分のレジスターブックが、日光金谷ホテルでも消えていることが分かった。何故・・・。▼このようにして、手に汗握るミステリーを読むようにして秘話が明かされるのであるが、この本は、彼女だから書くことができた本だと思った。山口正造は彼女の大叔父にあたり、正造から経営を引き継いだ堅吉は、彼女の祖父である。この名門ホテルに秘められた数奇な運命を追うのに、彼女ほど格好の人はいないだろう▼少々物足りなかったのは、このテーマだけで一冊の単行本を費やしてほしかった、という点にある。紙数が少ないためなのか、周辺にあるであろう話に筆が及んでいない。序章がザンビアとルワンダの重い話から始まっているだけに、編集者は作者にこの話をもっと追わせてほしかった▼むろん、二章以降の内容も興味深いものがあった。どの章も興味深い話が鏤められている。ホテルの話を軸にオムニバスドラマのように展開される。話は繋がってないようでいて、繋がっている。しかし、それらも一章だけでは惜しい話ばかりである。特に大連のヤマトホテルの話はおもしろく、これだけでも一冊の本になると思った。






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