特集
「小さな家から」という発想。長期優良住宅・その二
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そのうえで、長期優良住宅によって、
住まい計画は、どう変わるかを、
明らかにしたいと思います。
小さく建てて、大きく育てる家
特集その二。
持ち家って、何なんだ?

町の工務店は、戸建住宅を建てる工務店が主ですが、ユーザーの側からみると、それって「持ち家」ですよね。車も買うのをやめて、必要なときにレンタカーを借りる人が増えていますが、この不況で、所有から利用への流れが増えています。今回は、そのあたりをふくめて、お話してください。
大都市圏と地方では、生活形態が大きく異なりますのでいちがいにはいえません。大都市圏は公共交通が整備されていて、車がなくても生活できるし、保有しても駐車代が高いという問題があります。しかし、地方の人は、もう車がないと生活できなくなっています。一家に二台、三台という場合も少なくありません。わたしは万歩計を持っているのですが、東京に出ると、何やかやと1万歩前後になります。しかし、地方で自宅と事務所を車で往復する場合は、多くて2000歩という状態です。
きようの最初のテーマは、持ち家って何なんだ? ということですが、これも大都市圏と地方では、性格も形態も違ってきます。所有なのか、利用なのかという問題は、車よりも複雑で、もっとむずかしい問題ですが、ここでは、そもそも「持ち家」とは何かということに絞って解きたいと思います。

「持ち家」は、ここ数十年で増えたもので、そんなに歴史がないといわれていますね。
そうなんです。最近、『住宅政策のどこが問題か――〈持家社会〉の次を展望する』(平山洋介著・光文社新書)という新書本がでました。これを読むと、戦前の都市部での持家率は低く、住まいの主流は民間借家だったと指摘されています。
根拠とされるデータは、戦前(1941年/昭和16年)、厚生省が24都市を対象に実施した調査です。これによると持家率は22%に過ぎず、借家が8割近くを占めていました。それが終戦後の1948(昭和23)年には、都市圏で41%に、全国平均では67%へと増加しました。

急激な変化ですね?
これは、急に「持ち家」が建てられたわけでなく、政府による地代家賃の統制によって生じたものでした。家主の負担が重くなり、借家人に対して「借家」が払い下げられて生じたものです。
1960年代半ばから、高度経済成長が始まり、地方から都市への人口移動が生じると、一旦、持家率は低下します。都市に出てきて、最初に住む場所はアパートや借家でしたから。しかし、地方から出てきた人は、もともと持家志向がつよかったので、持家率は6割前後の水準を維持し、「持ち家」が住まいの中心を占めるようになりました。

この本の帯には、「『住』の不平等は、なぜ拡大したのか?」「住宅政策は、中間向けの経済刺激策だけでいいのか。住宅困窮者の増加など、暮らしの多様化に対応できるのか」と書かれていますね。
この本は「持ち家」にだけ傾斜することを問題視しています。著者は神戸大学で早川和男先生に師事された方です。早川先生といえば『住宅貧乏物語』(岩波新書)で知られていて、この先生は、一貫して公営住宅を、居住福祉の基本にすえる考え方に立っておられます。
この本の表紙カバーの裏側には「借家から持家へ、小さな家から大きな家へ、マンションから一戸建てへ・・・。戦後日本では、住まいの「梯子(はしご)」を登ることが標準のライフコースとされ」ていたと書かれていて、これまでの「持ち家」のあり方に対しても批判を持っておられます。町の工務店は、主として「持ち家」を仕事にしていますので、立ち位置が異なりますが、この批判には傾聴すべき点が多々あると思いました。
「いつかはクラウン」、という発想

それはどの点ですか?
「持ち家」志向の方の大半は、大きな家を理想とし、その理想に向けて梯子を上っていくという指摘なのですが、それは車で言うと、トヨタが長らくキャッチフレーズにしていた「いつかはクラウン」と同質のものですね。
軽からカローラへ、というヒエラルキー(階層別対策)を置いて、「梯子(はしご)」を上るように「クラウンに達したらアガリ」というあり方です。「持ち家」も、そういう思考でやられてきたんじゃないか、と。

住まいは「夢のマイホーム」ですから。
「注文住宅」という言葉自体、マイホームの夢をくすぐる言葉ですからね。間数(部屋数)が多いと「いい家」だと思い、部屋が広ければ「いい家」だと、みんな思っていますよね。

言われてみると、そうかな。
プランをまとめる家族会議は、みんな肩にチカラが入って「陣取り合戦」をしてきました。工務店は、それに乗っていれば仕事になりました。
みんな大きな部屋(ルーム)を欲しました。5年、経ちました。10年、経ちました。父母が亡くなり、子どもたちが、いなくなりました。住まいは、夫婦二人だけになりました。いつの間にか、空いた部屋は物置部屋になっていました。

持て余す家は、つらいですよね。
車の世界では、すでにお金があってもコンパクトカーでいい、という自由な発想になっています。成熟とは選択の幅であるという考えが広がり、「いつかはクラウン」という発想は、「貧しい時代」の裏返しの発想だったといえるのかも知れません。この根本には、豊かさとは何か、という問題が横たわっていますが。

でも、持て余すほど広い家に住みたい、という願望はあるのでは?
「持て余してもいい家」はあっていいと思います。富山・砺波平野の散居などをみると、あの「余裕」があそこの風景を生んでいて、悪くはありません。維持・保持が大変だろうな、と想像することは出来ますが。
家は、落ち着ける家かどうかが大きなポイントです。どういう家なら落ち着けるかは、育った環境や好みもあって個人差があります。ある人にとっては、だだっ広くてイヤな住宅が、ある人にとっては落ち着けることであったりします。

金ピカの家が落ち着くという人もいますし。
板壁や土壁だと落ち着く、ビニールクロスはどうも落ち着かない、という人もいます。部屋の広さも同じです。でも、広い家は敷地が狭かったら建たないし、建築費も掛かるし、エネルギーをたくさん消費するし、掃除も大変だし、子どもが出て行って空いた部屋は物置になりがちだし・・・。そういう問題は、いつも現実問題として残されています。
「いつかはクラウン」へというヒエラルキー(階層別対策)に組み込まれないで、上昇志向の梯子に足を掛ける前に、自分はまず、どういう家だったら落ち着けるかを知るべきですね。






2009/6/5(金)19:45
高井さん
コメントありがとうございました。
趙さんのスクールにいっておりましてお返事が遅れましたが、すでに三回目を公開していますので、ご覧ください。
少ない人数でやっておりましてなかなか大変ですが、応援コメントをいただけますと励みになりますので、お友達ともども、よろしくお願いいたします。
2009/6/2(火)22:20
惜しげもなく図面を出していただけるのですか、さすがびおというか、見て分かるかどうかがありますが、楽しみです。
かねがね、このようなwebサイトはないと、友人たちに紹介しています。旬ナビが開始されて、これだけの内容のものを何人でやっているのか、収入は見合っているのか、気になります。
2009/6/2(火)21:02
高井さん
コメントありがとうございます。3回目の特集では、趙海光さん作のさまざまな絵や写真などをご紹介出来る予定です。ご期待ください。
2009/6/1(月)19:55
「小さな家から・・・」広がる可能性にドキドキしています。3回連続というだけで力が入っていることが分かります。
実例を写真で紹介してください。