興味津々
興味津々・No.067
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雨の季節をむかえると、日本の住まいの軒(のき)の長さがうれしい。雨宿りするのにいい、ということもあるが、窓を開けておいて、そぼ降る雨を愉しむ、ということもある。晴耕雨読の「雨読」は、軒の出、建物の庇ということを抜きにしたらなり立たないだろう▼深い軒の出は、雨が横殴りに降る性質を持っているからである。建物の中に雨が降り込まないようにしたら、自然と軒の出は深くなり、またその勾配も決まってきて、その地域固有のデザインとなって、だんだんと様式化されたのであろう▼京町家の屋根は、勾配がゆるやかで、しかも、屋根はむくっている。それが京町家独得の、表情のやわらかさを生んでいる。ところが、同じ日本でも、風のつよい地域では、そうはいかない。勾配がゆるくて、屋根をむくらせたりしたら、たちまち雨漏りを呼び込むからである▼京都の雨は、上から下にタテ方向に降る。その雨が性(しょう)のいい嵯峨野の竹林を育て、空に真っ直ぐに伸びる北山杉を育んだ。雨が横殴りに降る地域では、こうは行かない▼それはちょうど、京都では蛇の目傘で間に合うのに、雨が横殴りに降る地域では、コウモリ傘を必要としているのと対置をなしている。「郷にいれば郷にしたがえ」ということだろうか▼冬のロンドンは、冬の間、霧雨が絶えない。このためいつも傘の携行を必要としていて、それがロンドンの傘の柄のデザインを生んだ▼人の目には、眉毛があり、まつ毛がある。これは雨や風による埃から目を守るため、人に備わった防禦装置である。目は建物でいうと窓であり、眉毛は軒の出であり、まつ毛は小庇の役目を負っている。人体は、いずれも巧緻にデザインされている▼屋根や、軒の出や、小庇が持つ、勾配や形状のデザインを、このような視点からみると、最近の建物が、いかに自然の摂理に従っていないかが歴然としている。







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