びおの七十二候

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蚯蚓出・みみずいずる

夏蚯蚓

蚯蚓出と書いて、みみずいずると読みます。
みみずが地上にはい出てきて、あちらこちらで目にする時候をいいます。
みみずは、目がなく、手足もなく、紐状の動物です。みみずという名称は、“目見ず”から来たといわれます。そんなわけで、みみずは下等な動物と思われがちですが、この土壌動物が果たす役割はきわめて大きなものがあります。
みみずは土を食べ、土の中の有機物や微生物、小動物を消化吸収して、粒状の糞を排泄します。それによって、土壌中の通気・保水・排水(透水)を高めてくれ、孔隙こうげき※1を大きくし、土中の酸素量を増やしてくれます。肥沃ひよくな土地とは、そんな土壌動物や微生物が活発に働いている土のことをいいます。
みみずのような生物が、土中に棲息せいそくしていることが、地球とそのほかの星とを分ける決定的な違いです。

少年の頃、みみずに小便をかけるとオチンチンが腫れる、とよくいわれました。農業にとってみみずは益虫なので、そんなふうにいわれるのかと永らく思っていましたが、近年の研究では、刺激を受けたみみずが刺激性の防御液を遠くまで飛ばすことが、医動物学研究者によって解明されました。つまり、尿により刺激を受けたみみずが、防御液を噴出して、その液によって男子の亀頭粘膜を急性炎症に至らしめるというのです。
みみずは、土中の重金属や農薬などの薬剤を生物濃縮します。このため、汚染された土壌に生息するみみずを捕食した生物が、その中毒に罹るかか場合があります。重金属は、当のみみずにとっても毒ですが、彼の耐性はきわめてつよく、捕食者が死んでもみみずは死ななかったりします。この毒みみずを食べた鳥や魚は、体内でさらに生物濃縮を進めて、その鳥や魚を食べた人間に害が及ぶことがあります。生物界に存在しない毒物を撒き散らしている人間の罪は大きいと思わざるを得ません。

今候の句、

出るやいな蚯蚓みみずは蟻に引かれけり

は、前候に続いて一茶の句です。生物連鎖の険しさを詠んで容赦ありません。俳句に詠まれるみみず、殊に夏のみみずは、概して険しい句が多いようです。

朝すでに砂にのたうつ蚯蚓またぐ  西東三鬼
みちのくの蚯蚓短し山坂勝ち  中村草田男

「みみず」は夏の季語ですが、「みみず鳴く」は秋の季語です。
みみずに関して、一茶には、秋の句もあります。

里の子や蚯蚓の唄に笛を吹く  小林一茶
手洗えば蚯蚓鳴きやむ手水鉢  正岡子規
みみず鳴く疲れて怒ることもなし  石田波郷

夏の句と違って、いかにも一茶らしく、風情が感じられます。この秋の句と比べると、夏の句は身も蓋もないというか、切ない句です。
子規の句も、波郷の句も、秋の風情が感じられていいですね。
みみずは、夜陰に切れ目なく、ジーッという声で鳴くといわれます。かすかに水っぽい音で、それはあたかも、みみずが泥中をうねりくねって鳴いているように聴こえます。
けれども、みみずは発声器官を持ちません。実は、これはみみずではなくて、実はケラ(螻蛄/オケラ)の鳴き声なのです。
「螻蛄鳴く」も、秋の季語ですが、螻蛄はあまり詠まれておらず、「蚯蚓鳴く」の方が、はるかに有力な秋の季語です。
螻蛄ケラは、夜行性の生物でコオロギに似ています。飛んだり、走ったり、泳いだり、土を掘ったり、木に登ったりしますが、いずれの芸も稚拙です。そんなことから、多芸だが拙い人のことを、歌舞伎役者たちは「けらの芸」といって蔑みます。
夏の俳句では切なく詠まれるみみずですが、秋には間違われているとはいえ、いいように想像されて詠まれている分、いくらか救われます。
可哀想なのはケラです。

文/びお編集部
※1:土や岩石に含まれている隙間のこと

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2009年05月10日の過去記事より再掲載)

猫と蚯蚓出