旬のコラム
春の潮の音を聴きに行く
- 小
- 中
- 大
島崎藤村の作詞による『椰子の実』という歌があります。
名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ
故郷の岸を離れて 汝はそも波に幾月旧の樹は生いや茂れる 枝はなお影をやなせる
われもまた渚を枕 孤身の浮寝の旅ぞ実をとりて胸にあつれば 新たなり流離の憂い
海の日の沈むを見れば 激り落つ異郷の涙思いやる八重の汐々 いづれの日にか国に帰らん
そう、だれでも知っているあの歌です。声に出して歌ってみてください。潮の香がしますから・・・。
椰子が流れついた場所は、愛知県渥美半島の伊良湖岬でした。
明治31年の夏、柳田国男が伊良湖に1か月余り滞在したときに拾った話でした。
藤村は、この話を柳田国男から聞きました。この話を聞いた藤村は、想像を逞しくして『椰子の実』を書いたのです。
柳田国男には『海上の道』という名著があります。彼は日本中の山村漁村をよく歩き、そうして知りえた話でした。
藤村は、実は伊良湖岬に行っていません。つまり、『椰子の実』は想像で書かれたのでした。
藤村には、有名な『若菜集』があります。
彼が山深い木曽馬籠の出身だということはよく知られていることですが、だからこそ彼は、海へのあこがれをだれよりもつよく持っていました。あこがれというより、疼きに似た感情といった方がいいのかも知れません。それが『若菜集』によくあらわれています。
わきてながるる やほじほの そこにいざよふ うみの琴 しらべもふかし ももかはの よろづのなみを よびあつめ ときみちくれば うららかに とほくきこゆる はるのしほのね (島崎藤村『若菜集』潮音より)
藤村は、この詩のなかで「うみの琴」という箇所だけ「琴」という漢字を用いています。
きっと、とくべつに強調したい言葉だったのでしょうね。それにしても、「とほくきこゆる はるのしほのね」という最後のことばは、ぐっときますね。

東平安名崎
近くの海に出掛け、春の潮の音を聴きに行きましょう。
人が、海潮音を聴くと心和むのは、海をゆりかごにして生命が誕生したからだと思います。
春の海は、潮の香も増して、心身ともにリフレッシュできますので、ぜひ、どうぞ……。
さて今回、ご紹介する海の風景は、沖縄宮古島の東平安名崎と、東海岸の風景です。また、宮古島の渡部千秋さんが送ってくださった人参の花と月桃の花の写真です。月桃の花はいまが盛りということです。今年は暖かかったので(宮古島にも冬があります)、東平安名崎のテッポウユリも咲き始めている、とのことです。
渡部さん一家のことは、前に「住まいネット新聞びお」の特集で編んでいます。
渡部さんには、これから折に触れて、宮古島の旬を伝えていただきます。





関連記事
住まいネット新聞びお 特集
「奪われし未来」を越えて――沖縄・宮古島ものがたり




コメントはこちらから!