びお・七十二候

牡丹華・ぼたんはなさく

2009年04月30日 木曜日

霜止出苗

牡丹華と書いて、ぼたんはなさくと読みます。 牡丹(ぼたん)が大きな花を咲かせる時季をいいます。牡丹は、中国では花の王と呼ばれ、華やかさの象徴とされます。「富貴草」「富貴花」「百花王」「花王」「花神」「花中の王」「百花の王」「天香国色」「深見草」「二十日草(廿日草)」「忘れ草」「鎧草」「ぼうたん」「ぼうたんぐさ」など、たくさんの呼び名を持っています。子規に、

芍薬を画く牡丹に似も似ずも

という句があります。晩年の子規は、水彩で絵を描くことが、病床の慰みとなりました。牡丹と芍薬の描き分けがむずかしくて、それが子規には愉しかったのですね。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」といわれます。完全無欠の女性美を謳った言葉ですが、こういう言葉は、まずパロディの対象にされます。
「立てばパチンコ、座ればマージャン、歩く姿は馬券買い」が有名で、最後の歩く姿は「二日酔い」というのもあります。『朝日小学生新聞』で連載された尼子騒兵衛の忍者ギャグ漫画『落第忍者乱太郎』に、「立てば食欲、座れば布団、歩く姿はブリの腹」というのもあります。また、webに「立てばルージュラ、座ればプリン、歩く姿はナゾノクサ」というのがありました。
パロディの方に親近感があり、そういう人いるよね、ということになりますが、理想の女性は、何故、立てば芍薬なのか。それは芍薬が、すらりと伸びた茎の先端に美しい花を咲かせるからです。芍薬は、すっと枝分かれすることなく立っています。
牡丹は枝分かれするので横張りの樹形になり、まるで座っているかのように見えます。牡丹は、座って観賞したほうがきれいに見えます。
では何故、歩く姿は百合の花なのか。百合は、しなやかな茎の先にややうつむき加減に花を咲かせます。風をうけると揺れます。それはまるで、女性が優美に歩いているように見えるからです。いやはや、ホント、そんな女性いるのかしら?
きょうの句は、このうち、芍薬を詠んだ炭太祇(たんたいぎ/宝永六<1709>年~明和八<1771>年)の句を紹介します。

芍薬の蕊(しべ)の湧き立つ日向かな

という句です。花の宰相と呼ばれる芍薬の華やかさが、よく詠まれています。
太祇は、江戸時代の有名な俳匠です。太祇は、大徳寺真珠庵で道源という僧名を持つお坊さんでした。しかし、どうにも窮屈だったのか還俗して、京・島原の妓楼、桔梗屋主人呑獅の後援を受けて、遊郭内に不夜庵を結びます。そんなわけで、門人は歌舞伎者や遊女、富商などの変わり者ばかりでした。そういう人に囲まれながら、太祇は「仏を拝むにも発句し、神にぬかづくにも句せり」と詠み、酒と俳諧を生涯の楽しみとしました。
当時、京都には七歳年下の与謝蕪村がいました。蕪村は、太祇を交遊の友にしたというのは、なかなか楽しげな話です。
太祇は、大酒のため明和8年8月9日に、京都綾小路通り大宮西の光林寺にて、脳溢血で死去します。享年六十三歳。句集に『太祇句選』『太祇句選後篇』(明和六年刊)などがあります。太祇の句を幾つか紹介しておきます。

物かたき老の化粧や衣更
いとほしい痩子の裾や更衣
行女袷着なすや憎きまで
猫の妻かの生節を取畢
夜渡る川のめあてや夏木立
抽てむめ勝けりな寺若衆
青梅や女のすなる飯の菜
蚊屋くゞる女は髪に罪深し
蚊屋釣や夜学を好む真ッ裸
追もどす坊主が手にも葵かな
物に飽くこゝろ耻かし茄子汁
姫顔に生し立けむ瓜ばたけ
扇とる手へもてなしのうちは哉
夜を寐ぬと見ゆる歩みや蝸牛
めでたきも女は髪の暑サ哉
釣瓶から水呑ひとや道の端
かたびらのそこら縮て昼寐かな
ゆふだちや落馬もふせぐ旅の笠

太祇の句を読むと、明和時代の京の俳諧の豊饒ということを感じます。
芍薬を詠んだ名句を紹介しておきます。

芍薬に紙魚打払ふ窓の前[与謝蕪村]

芍薬のつんと咲きけり禅宗寺[小林一茶]

芍薬の一ト夜のつぼみほぐれけ[久保田万太郎]

芍薬やつくゑの上の紅楼夢[永井荷風]

俳句

牡丹
牡丹

立てば芍薬芍薬

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