びお・七十二候

霜止出苗・しもやんでなえいずる

2009年04月25日 土曜日

霜止出苗

霜止出苗と書いて、しもやんでなえいずると読みます。霜が降りるのが終わって、稲の苗が生長する頃をいいます。
霜が発生することを、よく「霜が降りる」と言います。霜は、乾燥した地域の冬の朝によくみられる現象で、散歩のために家を出て、寒さぶるぶると襲われる日、植物の葉や茎、地面、建物や車の窓などに霜が降りています。
霜は、農業に対する影響が大きく、殊に茶業は凍霜害が重大な被害をもたらすことから、お茶の農家が多い静岡では、地方気象台が全国で唯一、遅霜予報(おそじもよほう/翌朝の霜の有無を予報)を行っています。茶業関係者は、遅霜予報を聞いて、防霜ファンの駆動制御やシート掛けなどの対策を講じます。

その霜が消えて、霜止出苗(しもやみてなえいずる)の候をむかえると、稲作農家は、田植えが近づいたことを知り、いそいそと田植えの準備に入ります。初夏の太陽が降り注ぐと、田に水をいっぱい張ります。そうすると、田んぼがたちまちイキイキするから不思議です。
むかし、田植えする娘たちを早乙女と呼びました。
絣(かすり)の衣に、赤いたすきを掛けて並んで手植えする姿は、もはや各地の「御田植え祭」で見られるだけになりました。代かきなどの仕事は男性、田植えは女性の仕事と分けられていました。けれども、田植機の導入が進んで、今や作業の主役は田植機に奪われてしまいました。
早乙女が、足首を田んぼに入れ、股を大きく開いて田植えすると、その狭い「股間」の空間に、みどりが広がります。森澄雄(1919年~)は、そんな光景を、こう詠みました。

早乙女の股間もみどり透きとほる

大地をつかむ足と、股間がズームインされたかと思うと、次には、その向こうに広がるみどりに焦点が合います。苗は、「透きとほる」ように、淡くて、いとしげです。
この「透きとほる」というところに、作者の老いの目が働いているのでは、と思えたりします。股間という言葉が、あまりに刺激的です。けれども「透きとほる」ことで浄化されて、残るのは清新なエロチシズムです。このようなエロチシズムを感じさせる句として他に有名なのは、

おそるべき君等の乳房夏来る

という西東三鬼の句です。この句を口にすると、「おじさんの妄想」といわれかねないのでイヤですが、この二つの句は見事にリアリズムであって、二人の句は、状態を捉えて正確無比です。
この二つの句の違いは、三鬼の句に、中年の男の目があるのに対して、森澄雄の句は、もう少し枯れている、ということでしょうか。

妹がかぶる手拭白し苗代田

この句は、寺田寅彦の句です。この句は、二人の句ほど露わな言葉で詠まれていませんが、二人の句と同じような清新なエロチシズムが、どこか漂っています。寅彦は、田植えをする若い女性の身体から発せられる、うっすらとした香りを、そこに感じていたように思います。若い女性にとっては、この微細なまでの男の目は、ほとんど鬱陶しいことなのでしょうが……。

森澄雄の俳句を、幾つか紹介しておきます。

除夜の妻白鳥のごと湯浴みをり
枯るる貧しさ厠に妻の尿聞こゆ
おのが息おのれに聞え冬山椒
なれゆゑにこの世よかりし盆の花
水仙のしづけさをいまおのれとす
おのれまたおのれに問うて春の闇
家に時計なければ雪はとめどなし

どの句を詠んでも、濃くて、深い情が溢れています。森澄雄は、「俳人」と呼ばれることを嫌い、「俳人である前に一人の人間でじゅうぶん」だといいます。「妻を愛し、子供を愛し、身近な人と愛し合いながら生きていきたい。それを平凡なおのれの生き方の芯としてきた」のが森澄雄です。
この俳句への態度は、フィリピン・ボルネオでの苛酷な戦争体験が影響しているといわれます。惨憺たる戦争から還ってきて、もっとも自然な生き方を自己に問うたとき、この境地に達したのだと思います。
澄雄ほど妻を詠んだ俳人は他にないといわれます。その最愛の妻が突然亡くなりました。そして自分も半身不随の病になり、常臥の生活を強いられます。

窓より無心に天日を仰いでいる

 
妻の死に際して、その恋しさから詠まれた句です。まるでお経を上げるようにして詠まれた句だといわれます。

俳句

苗

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