びお・七十二候

葭始生・あしはじめてしょうず

2009年04月20日 月曜日

葭始生

春爛漫は、野山だけでなく、水辺にもやってきています。葦が生え始めました。
葦は「葭」とも、「蘆」とも書きます。葭始生と書いて、あしはじめてしょうずと読みます。水辺に葭が芽を吹き出しはじめる時季をいいます。
葦の新しい芽を、季語では「葦の角」といいます。地下茎から出でた芽が、まるで角のように尖っていることからつけられました。
「あし」は「悪(あ)し」にも通じていることからなのか、「善(よ)し」という別名もあり
ます。大阪では、「難波草(なにわぐさ)」 。伊勢では「浜荻」とも呼ばれています。正岡子規に

難波江(なにわえ)や干潟の限り葦の角

という句がありますが、この句から分かることは、子規の頭のなかに、あきらかに「難波草」という名前があったことです。まだ干潟がひろがっていた時代の大坂の水辺の様子が詠まれていて、濃い春の香りが漂ってくる句です。
やはり子規は、文句なしにいいですね。ほかにいいのは、

和歌の浦に潮みち来れば 潟をなみ葦べをさして鶴鳴きわたる[山部赤人]

難波人葦火たく屋の煤(す)してあれどおのが妻こそ常めづらしき[万葉集]

日の当る水底にして葦の角[高浜虚子]

三月くる葦の根に泡貝に泡[ふけとしこ]

どれも、葦の角の光景がありありとしていて、いいですね。

さて、きようは趣向を変えて、いつもと違う話をします。
葦と聞いて、パスカルの「人間は考える葦である」という言葉を思い起こす人がいるかも知れません。何故「人間は考える葦」なのかについて考えてみます。「葦」が、弱きものの
代表として人間をたとえる比喩にされていることは分かりますが、それが、何故葦なのか。すみれやバラではなくて、葦なのか、このことは中学校でこの言葉を初めて耳にしてから、ずっと疑問だったことです。
これは「後漢書」にいう、「勁草」と同じことを言っているのでは、というのが、わたしの結論です。ひしゃげそうになりながら勁(つよ)さを発揮する草(「疾風知勁草=疾風ニ勁草ヲ知ル」)ですね、そういう草の代表こそ葦なのではないか、ということでした。今はそんなふうに理解しています。
平たくいうと「柔よく剛を制す」というか、「柔らかいが勝ち」というか……。
葦は、強い風が吹きつけると、しなって曲がります。風に抵抗しません。これに対して、硬い木とされる樫の木などは、風に立ち向かいます。こちらの方が男っぽいというか、勇ましいのですが、限界を超えるつよい風がくると、根っこから倒れます。
つまるところ、葦は、自らをよく知り、風に身を任せることにより自分を保持し、風が止まると身を起しては、まるで何でもなかったように、ゆらりゆらりと過ごしています。一見、頼りないけれど、しぶとくつよいのです。
なるほど人間は、自然の猛威や権力の前に弱きものです。ふだんは従順に従っているようにみえますが、それに人は屈しているわけではありません。そういう柔らかさを持てるのは、人間は「考えること」ができるからで、そういう精神のしなやかさを持つことによって人は耐えられるのだ、とパスカルはいうのです。つまり、人間の賢明さとは何かということを葦にたとえて語ったのです。そう考えると、すみれやバラではなく、比喩としては、断然、葦がいいことになります。

「人間はひとくきの葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だが、それは考える葦である」
 
という言葉は、パスカルの『パンセPensée(思索)』に出てくる言葉ですが、しかしこの『パンセ』は、パスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的・思索的であって、片言で済ませる人ではありませんでした。『パンセ』は、パスカルのメモを元に、パスカルの弟子が断片集としてまとめ、一冊の本にしたものです。パスカルの死後、「箴言集」として出版されました。  
パスカルは、40歳に亡くなりました。
パスカルは、病弱な人で、身体の苦痛とたたかいながら、思索し、研究し、実験を重ねました。パスカルは、襲って来る風に身をまかせながらも、思索する精神を持続した人であり、「人間は考える葦である」という言葉は、パスカルその人をあらわす言葉でありました。

俳句

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