特集
ソメイヨシノだけが桜ではない
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奈良県・吉野の桜
あなたは吉野桜を見たことがありますか
同じ色で彩られ、パッと散って行くのが桜だと思っていませんか?
それはソメイヨシノであって、ソメイヨシノだけが桜ではありません。
けれども、今では日本の桜の70〜80%位がソメイヨシノによって占められていて、桜というとソメイヨシノを思い浮かべる人が多いと思います。
まず一番目にお伝えしたいのは、ソメイヨシノは明治以降の桜に過ぎないということです。
ソメイ(染井)は地名です。今の東京都豊島区駒込あたり。
ソメイヨシノは、大島桜(桜餅を包む葉に使われる)と江戸彼岸桜が天然交配して、突然変異で生まれたものを、染井村の墓地近くに住む植木屋さんが、「吉野から採ってきた」といって売り出したことに始まります。吉野桜は山桜であって、ソメイヨシノとは異なります。ヨシノと名乗ったのは、「吉野」ブランドを利用したからです。つまり、ネーミングで当たったのです。
ほんとうの吉野桜と、ソメイヨシノの最大の違いは、一方が実生からのものであるのに対して、ソメイヨシノはすべて接木、挿し木によるクローン(栄養繁殖)だという点です。つまり、クローンによって、どんどん複製できるのがソメイヨシノで、それが日本中に普及した理由です。
ソメイヨシノは、お城とか、川べりとかに植えられて、単一に一気に咲きます。花の色も、咲く時期もほとんど同じなので、ソメイヨシノの桜並木は鮮やかです。
桜前線といって開花日も予測できます。気象庁は、各地のソメイヨシノを対象にソメイヨシノの基準木三本を決めており、そのうち二本で花が開くと、「開花宣言」が出ます。このシステムは1953(昭和28)年に始まりました。
ソメイヨシノは、明るい花だし、華やかだけれど、薄っぺらで深みがありません。
自生する桜は、いっぺんには咲きません。一本の枝でも、満開の花の隣は、まだ蕾が堅かったりします。それは吉野の山桜を注意深くみると、よく分かります。
ソメイヨシノは、あちらこちらに植えられましたが、ソメイヨシノには種がありませんので、子どもは生まれません。ずっと接いできましたので、深みのある桜にはなりません。ピークは百年といわれ、最近のものは50年といわれます。
「櫻守」で知られる佐野藤右衛門さんは、ソメイヨシノは「同じ衣裳をつけて、同じ髪型で、同じ喋り方をする桜や」といいます。ソメイヨシノは、いうならグローバリズムの桜。花見だけのソメイヨシノ。春だけ騒いで、放っておかれる桜です。
そんなソメイヨシノだけが桜だと思わないでください。はじめに書いたように、ソメイヨシノは明治以降の桜なのですから。
日本には、いろいろな桜が自生している。
古い漢字では、桜は櫻と書きます。「木」+音符「嬰」(貝の首飾り。とりまく)というわけで、木をとりまくように花の咲く木という意味がこめられています。
日本には、ヤマザクラ、オオヤマザクラをはじめ、カスミザクラ、オオシマザクラ、マメザクラ、エドヒガン、カンヒザクラ、チョウジザクラ、ミヤマザクラ、タカネザクラなど10種類ほどの桜が野生していて、いろいろ合わせると約100ほどの種類があります。そして、これらの野生種から多数の園芸品種が育成され、今では200〜300種類に達するといいます。

山高神代桜(エドヒガン)
このうち、巨木になる桜はエドヒガンで、山梨県・武川の山高神代桜(やまたかじんだいざくら)、山形県・伊佐沢の久保桜、岐阜県・根尾谷(ねおだに)の淡墨桜(うすずみざくら)、岩手県盛岡市の石割桜(いしわりざくら)などが知られます。
長野県伊那市の高遠城址公園の桜は、ヒガンザクラ(彼岸桜)です。
昔から日本人に親しまれてきたヤマザクラ(山桜)は、奈良の吉野山,京都の嵐山などが有名です。ソメイヨシノが出る前まで、明治以前の観桜は主としてヤマザクラでした。
5〜6月に咲くのは、ミヤマザクラ(深山桜)です。北海道から九州までの深山に生えます。
櫻の一年
花が散ったあとから、桜は、次の年が始まります。
まず枝先に、根から吸い取った養分を運びます。それが桜の葉っぱです。葉が落ち着くのが夏。葉の付け根に、来年用の小さな花芽が生まれます。それが10月頃に花弁などを形づくり、蕾として出来上がります。蕾を全部出したら、次は、桜の幹を太らせることに養分はまわります。つまり、夏から秋は桜の幹を太らせ、体力を充実させる季節です。
葉っぱは、夏の熱射から幹を守ります。秋が深まるにつれて、役目を終えた古い葉は、次代を担う芽の育成に太陽エネルギーが回るように、自らはらはらと葉を落とします。
そうなると、幹の方の成長も止まって、形をぐっと整えようとすると藤右衛門さんはいいます。そこで手入れをして、余分な枝を抜いたりして、手助けするのが自分たち櫻守の仕事だと藤右衛門さんはいいます。
「桜が倒れんで、何故そこにあるかを考えてほしい」と藤右衛門さんはいいます。いい土地を選んで、桜は寿命を伸ばしていることが分る、と。
鳥が種を運んだりして自生する桜は生まれます。だから、山桜が自生しているのは小鳥が飛んでいる高さまでです。それ以上の高地は猛禽類がいるので、小鳥は食べられてしまうといいます。
参考資料
『桜が創った『日本』――ソメイヨシノ起源への旅』佐藤俊樹 岩波新書
『櫻よ』佐野藤右衛門 集英社刊
『桜のいのち 庭のこころ』佐野藤右衛門 草思社刊
『櫻史』山田孝雄 講談社刊
神代桜写真:from wikipedia






2009/4/5(日)06:44
ぼくはどうも前のめりになるというか、妙に頑張ってしまう悪癖があります。何に対しても媚びないのはいいとして、頑張るというのは、肩肘張って硬いということであり、団塊の世代にありがちな悪癖と、自己批評しては反省しております。
ご批判を甘受します。未熟ですみません。
「びお」が、よき議論が交わせる場所になることを願っております。
よろしくお願いします。
2009/4/5(日)03:13
koikeさんのコメントは丁寧でいいけど、灰汁が強いように思います。もう少し平たく論議を交わして下さらないと、参加しにくいです。
2009/4/4(土)18:12
ヤマさん、そんなに煽らないでください。静かにいい論議ができれば幸いです。明日「びお」がリニューアルされ、「旬ナビ」も開始されます。明日の更新では、特集に富山湾の「ホタルイカ」を取り上げました。食べる話だけでなく、ノーベル化学賞を受賞した下村博士が、ホタルイカに注目し通われていたことなども書きました。ご一読ください。
その次の更新(4/15)に、もう一度、桜のことを書きます。ご一読いただければ幸いです。
2009/4/4(土)06:48
ゾクゾクするほどおもしろくなってきましたね。Kさんのトーンが下がっているのが気になります。
2009/4/3(金)21:52
お邪魔いたします。
ビオトープ的観点から一言言わせてください。ソメイヨシノはいわば園芸種に近い桜ですね。ビオトープ的発想からすると本来の自然ではない植物ですね。しかしながら外来種ではないので地域の生態系に与える悪影響はあまりないと思います。そうですね・・・あえて言えば箱庭的美学とでも言いましょうか。お間違えのないように、批判的意味合いではなくある種別の意味での日本的美学とでも言いましょうか・・・。盆栽とか、今風に言うなら苔玉とかのような・・・。
それはそれでとても日本的だと思います。DICの色見本「日本の伝統色」に桜色という色があります。これは明らかにソメイヨシノのいろです。
ただ、一ついわせていただければ、これは「日本の自然」ではないということです。美しいとは思いますが、ソメイヨシノは日本の自然ではないのです。日本人の自然観にソメイヨシノが入り込んだとしたら、これは困るのです。ビオトープ的にはそういうことです。スイマセン、ちょっと酔ってますのでご容赦いただければと思います。
でも、私もソメイヨシノは美しいと思うし、大好きな花です。失礼いたしました・・・
2009/4/3(金)18:20
わたしの住む町でも、川べりに染井吉野が並んでいます。
同じ川べりに、染井吉野だけではなく
何種類かの桜がところどころ植わっていて
まず、春はいつもの枝垂れの桜から始まります。
順々にいろいろな桜が咲き、最後まで咲いているひょろんとした桜は
山桜でしょうか、楚々として風情があります。
春爛漫。
中でも主役の染井吉野は、川べりから川に向かってなだれ込むように咲き
散り初めるとうねるような花筏になってそれはそれはきれいです。
いつ頃からそこに植わっているのか、幹は抱え込めないくらいの太さ、
直径5,60センチはあると思います。
一昨年、4月の大風の日に、並んだ大きな桜の1本が折れて
川にどぶんと落ちたのです。
護岸壁で固められた下の方の川に何人もの作業の人が降り、
チェーンソーで切っては上に引き上げていました。
ずたずたになる桜の木を初めて見ました。哀れだと感じました。
だいぶ傷んでいたようです。
コンクリートに固められ、根を張る先にはもう家が建っているような
都会の桜は寿命が短いのかもしれません。
川べりに桜を植え始めたのは、徳川吉宗の頃だとテレビで伝えていました。
川べりを花を求めて散策する人で、
堤を踏み固めるという目的があったといいます。
そうしてみると、吉宗の頃は染井吉野ではなかったのかしら。
飛鳥山の桜も吉宗公の花見のエピソードがありますね。
いかにも染井吉野のイメージだけれど。
桜も、少し調べてみたくなりました。
2009/4/3(金)17:22
ソメイヨシノではないと思います。古木の桜だと思います。古木の桜の根には、死体が埋められていたという話は、いろいろな人が、いろいろ書いています。
2009/4/3(金)17:12
梶井基次郎の桜はソメイヨシノではないの?
複雑すぎてよく分かりません。
2009/4/3(金)15:53
日本の桜は多様です。
会津高田を訪ねた折に、神話時代に起源を遡るという伊佐須美神社(いさすみじんじや/現会津美里町)の薄墨桜を見に行ったことがあります。この薄墨桜は千歳桜で、種蒔桜だと聞きました。折口信夫に『花の話』という一文があって、その中に、万葉人は桜の花で稲の実りを占ったので、花が早く散ったら大変だという記述があります。桜の開花を見て作物の種を蒔く時期を決めたといわれます。花見の桜とは、まったく違うものです。
ソメイヨシノは、今や圧倒的なチカラを持った花です。しかし、伊佐須美神社の薄墨桜のように長生きできない性質を持っています。いのちの薄さを感じます。花の表情も色も深みに欠けていると思います。それは個人的な感じ方といえるかも知れませんが、観賞批評とはそういうものだと思います。
本来、日本の桜は多様にある筈なのに、一元的にソメイヨシノが取り上げられています。もっとほかにいい桜があるではないか、そちらにも目を向けてよ、というのが今回の特集であり、このネットが訴えたかったことです。
梶井基次郎の文章は、彼が結核を患っていたことと関係していると思います。「生」は「死」から養分を吸い取ることで「生」を得ているということを思って、この文章を書いたのではないでしょうか。だから自分は、花見の酒を酌み交わしていいのだ、と梶井は言うのです。この複雑は「単純」なソメイヨシノでは解けません(またまた挑発的ですが)。
ヤマちゃんが書かれたように、Kさんのサメイヨシノへの思いを語っていただかないと、何故、そこまでこだわられるのかよく分りません。
次回の更新では、軽いノリで、飲む桜湯ではなく、湯船に浮かべて桜をたのしむ桜湯のことを書きます。ソメイヨシノはやめて、とは書きません。
2009/4/3(金)14:49
どうしてもソメイヨシノが山桜よりも薄っぺらく、深みがない桜だというのが理解できませんが、これ以上言っても仕方ないのでやめます。
ソメイヨシノができた時代というのは、生き恥をさらすよりも死に際を美しくという文化が通念していた時代なんじゃないでしょうか。瞬間異常なまでに美しく咲いて、瞬く間に散ってゆく花に死の観念を結びつけるのは単純だし、だからこそソメイヨシノが爆発的に広がったんじゃないでょうか。
桜のありようとはなんでしょうか?山で細々と咲く桜がありようを示していて、街中で一斉に派手に咲く桜は示していないのですか?もしありようというものがあるとしてソメイヨシノはそれを歪めていますか?
桜の樹の下には屍体が埋まっている!はkoikeさんの引用だけ読めば恐ろしいですね。しかし、梶井基次郎は桜を見てその美しさを信用できないためにおどろおどろしい死のイメージを想像して自分の平衡を保ったと昔習ったような気がします。昔のことなので曖昧ですが悪いところだけ部分的に引用するのは歪めていませんか。
2009/4/3(金)00:47
筆者です。Kさん、ヤマさん、かずさん、コメントありがとうございました。どうもわたしの書き方が挑発的であったようで、物議を醸しているようで、恐縮しています。
Kさんには、ご自身のよき思い出を、わたしの文章によって汚されたと思われたとしたら、お詫びするほかありません。
ただ、歴史的事実としてソメイヨシノは明治以降の桜であり、クローンであることは動かしがたく、山桜とは本質的に異なるものです。折口信夫は『死者の書』のなかで、
「野茨 ( のいばら ) の花のようだった小桜が散り過ぎて、其に次ぐ山桜が、谷から峰にかけて、断続しながら咲いているのも見える」と書きました。
山桜は葉が先に出ます。ソメイヨシノは花が散って葉桜になります。けれども、葉の中から桜が咲きい出るのが山桜です。
「木の花は、濃きも薄きも紅梅。桜は、花びら大きに、葉の色濃きが、枝細くて咲きたる」(枕草子 第三十七段)のです。
「あしひきの山桜日並べて かく咲きたらば いと恋ひめやも」これは山部赤人の歌です。山桜は並んで咲いていることが少なくて、孤立して、淋しく咲いています。一斉に咲いて一斉に散るソメイヨシノは、そんな山桜に比べると、どうしても薄っぺらく、深みがない桜だと思われるのです。これは客観的な比較であって、Kさんのこころの中にある桜を冒そうとするものではありません。そのことで、たとえイヤな感情を持たれたとしても、そういう見方もあるのか、とご理解いただくほかありません。
ソメイヨシノは、すぐに散る桜の花とされてきました。それが死の観念と結びつけられ、軍国日本の散華のシンボルとして使われました。古代の日本人は「咲いた桜に何故駒つなぐ、駒がいななけば花が散る」といって、散る桜を惜しみました。桜は、悠々として咲き、のどかな花だったのです。何で「散るのが覚悟」の花なのですか。ソメイヨシノは、桜のありようを大きく歪めました。それが日本の桜の8割を占めていることに、わたしはガマンならないものを感じていて、ああいう記述になりました。
「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」と梶井基次郎は書きました。これは恐ろしい文章ですが、桜には、こういう面もあるのだと教えてくれる一文です。
「屍体はみな腐爛して蛆がわき、たまらなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪な蛸のようにそれを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根をあつめて、その液体を吸っている。何があんな花弁を作り、何があんな蕊を作っているのか、俺は毛根の吸いあげる水晶のような液が、静かな行列を作って、維管束のなかを夢のようにあがってゆくのが見えるようだ」
2009/4/2(木)17:45
ソメイヨシノが薄っぺらくて、深みがないというのは、個人の感じ方で、大新聞の記事なら「ソメイヨシノの淡さがいい」と、バランスを取ることでしょう。そんなふうにバランス無視なのが、びおのいいところだと思っています。
Kさんがいうように、書いた人に踏み込んだ見解を述べてほしいと思います。Kさんも、ソメイヨシノのどこがいいのか、設計者の目で語ってほしいと思います。感情が先に立つと、いい議論になりませんので。
2009/4/2(木)16:24
この記事がソメイヨシノだけでない桜がたくさんあることを知ってほしいという意図で書いているならば、最初の方の文章は必要ないんじゃないでしょうか。最初の方の文章はソメイヨシノがいかに薄っぺらいものであるかというように読めませんか。「櫻守」の藤右衛門さんが、ソメイヨシノは深みがなくて薄っぺらだというのは分からなくもないですが、この記事を書いた方はどこに「櫻守」の藤右衛門さんと同じ薄っぺらさを感じたのでしょう?
2009/4/2(木)13:50
この記事を読んで、ソメイヨシノだけでない桜がたくさんあることを知ってほしかったのだと受け止めました。その点は同感です。確か、藤右衛門さんも、ソメイヨシノは深みがなくて薄っぺらだと、テレビで喋っていました。自分の誕生木がソメイヨシノだったらイヤな気分になられると思いますが、一斉に咲いて一斉に散るソメイヨシノだけが幅を利かせているのはどうかと思っています。
2009/4/2(木)12:44
ソメイヨシノがどうして薄っぺらで深みがないのですか?自然交配じゃないから?樹齢が50年だから?明治以降の桜だから?春だけ騒いで、放っておかれる桜だから?
実家の庭で自分と同じ年のソメイヨシノが今年も咲くかと思うと心外です。
2009/3/31(火)12:18
コメントありがとうございます。
吉野桜の開花情報http://www.sakura.yoshino.jp/によると、2月、3月上・中旬の気温は、平年より高く推移したため、今年の吉野山の桜は平年より早く開花しましたが、今週中頃までの気温が低く推移すると予想されますので、見頃は今週末からになると思われます、ということです。
3月30日現在、下千本は咲き始め、満開予想日は4月5日頃。中千本も咲き始め、満開予想日は4月7日頃。上千本の開花予想日は4月2日〜3日頃、満開予想日は4月10日頃。奥千本の開花予想日は4月12日〜13日頃、満開予想日は4月18日頃です。
吉野の桜は、下から咲き出して、山を駆け上るようにして、段々と咲いて行きます。上千本が満開になる頃が一番いいという人がいます。この時期は日中は人で溢れますので、できれば宿泊して、人の波が去った後の静寂の吉野を味わっていただくのがいいと思います。早朝の吉野桜は最高ですよ。
2009/3/31(火)11:53
吉野の山桜、写真がいいですね。たしかにソメイヨシノと違う桜です。見ごろはどんなんですか。