びお・七十二候

雷乃発声・かみなりすなわちこえをはっす

2009年03月31日 火曜日

雷乃発声

雷乃発声と書いて、かみなりすなわちこえをはっすと読みます。
遠くで雷の音がして、稲光が初めて光る時候をいいます。
三月初旬にある啓蟄のころに鳴る雷は「虫出雷(むしだしかみなり)」と呼ぶそうですが、春分以降の雷は「春雷」と呼ばれ、雷鳴が轟くようになります。しかしそれは、一つ二つ鳴ったかと思うと、それきり止んでしまいます。夏の雷雨とは違うようです。

きょうの句は、かなり渋い句です。このページは、時折、渋い句や歌を紹介していますが、そのなかでも、きょうは飛び切りのものです。

陋巷(ろうこう)に生きて目刺しに飯うまし

陋巷とは、貧しい裏町など、せまくてむさくるしい町すじ(角川中漢和辞典)をいいます。陋という漢字の訓読みは「せまい、せまし」。音読みは「ロウ、ル」と読みます。陋は、陋屋(ろうおく/せまくてむさくるしい家)や、陋見(ろうけん/せまくてつまらない意見・考え)などの言葉にみられるように、およそ切ない境遇のものです。せまい小路に生きて目刺しに飯うまし、というのですから……。
もしこの句をして、ここには高雅な精神性があるといえば、それは買い被りだという人があるかも知れません。詠みびとは、清原枴童(きよはらかいどう/1882〜1948年没)です。
枴童について書こうと思いますが、その前に目刺しが春の季語だということについて書きます。
目刺しは、干物の一種。カタクチイワシやウルメイワシなどのイワシ類の魚を、塩漬けした後、目から下あごへワラを通して数匹ずつ束ねて、乾燥させたものをいいます。ふつうは焼いて食べます。虚子に「目刺のにがみ 酒ふくむ」という句がありますが、焼いた目刺しには日本酒が似合います。

ぢか火とて紺青焦げし目刺かな
吉岡禅寺洞

一と口の目刺のにが味舌にあり
高浜年尾

なども、目刺しの苦味を詠んでいます。けれども、魚の背には紺青の色が残っていて、そこに海があります。目刺しを詠んだ名句とされる龍之介の

木枯らしや目刺にのこる海の色

は、秋色の木枯らしと目刺の「海の色」の対比が鮮やかです。
イワシは、春と秋に産卵のために沿岸にやってきます。龍之介の目刺しは秋、清原枴童の目刺しは春です。
日本海では、水温が12℃を超えると、マイワシやカタクチイワシが大陸棚の沿岸にやってきます。ウルメイワシは、鹿児島や銚子沖など南の沿岸にやってきます。近年、不漁が続いているとはいえ、それでも時季がくると確実にやってきます。
イワシは、大きな口を開けて海中のプランクトンを食べて育ちます。そのイワシを、サバやカツオ、ブリなどが食べて育ちます。イワシは、海の食物連鎖の上で大きな役割を果たすことから「海の牧草」といわれています。
江戸時代の女性たちは、イワシを「むらさき」と言い慣わしました。イワシの群れは、遠くから見ると紫色に見えるからだそうです。
イワシは、背の青い魚に多く含まれるエイコサペタエン酸(EPA)をたくさん含んでいます。不飽和脂肪酸の一種ですが、心臓の冠状動脈が詰まることで起こる心筋梗塞を防ぎ、血液動脈硬化、高血圧などの生活習慣病を防止する効果があります。
イワシはカルシウムを多く含んでいることでも知られていますが、素干し煮干しにすると、さらにカルシウム価が高くなります。カルシウムは精神を安定させる働きがありますので、目刺しをよく食べると心静かになれるというわけです。

「目刺しに飯うまし」と詠んだ清原枴童の句は、冷徹な写生というべきものであって、それでいてポエジーがあります。

買初に吹かれ出でゆく妻子かな
蝶とぶや観世音寺の鐘遠く
地の涯に倖せありと来しが雪
生きんとし日の出のごとく木を伐りに
土砂降の夜の梁の燕かな
心太(ところてん)山の緑にすすりけり

枴童は九州の人です。若い俳人の面倒をよくみた人だったといいます。庶民の哀感がよく分る人だということは、これらの俳句からうかがえることですが、かといって自分の境遇を嘆く「境涯俳句」というわけではありません。どの句にも、高雅なポエジーがあると思われませんか。

俳句

雷

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