特集
讃岐の風景としてのベーハ小屋
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そもそもこの小屋を意識したのはいつの頃だろうか? 今、讃岐平野に現存しているベーハ小屋の多くが昭和20年代後半から30年代後半にかけてつくられたものであることを考えると、たぶん子供の頃から見慣れた小屋だったのだろうと思う。
我が家は農家ではないので、小屋で直接葉煙草を乾燥させている光景は記憶にないが、越屋根を持つ独特の風貌は子ども達の遊び場だった野山や田畑の風景と共に、知らず知らずのうちに幼少時代の原風景として私の記憶に刻み込まれていたのかも知れない。
それを煙草の乾燥小屋だと確信したのは数年前のことで、それまでは蚕の養蚕小屋ではないかとも思っていた。そのころから通りすがりにたまたま見つけた煙草乾燥小屋を、数件カメラに収めていたのだがそれ以上の特別な意識もなかった。2008年4月24日のこと、たまたま見つけた乾燥小屋を私のブログで紹介したところ、建築家の秋山東一氏から「これはベーハ小屋というもので友人のカメラマンが写真展をやったこともある」というコメントを頂いた。そこから私のベーハ熱に火がついたのだ。「ベーハ小屋」の言葉の意味さえも分からなかったが、この意味不明なカタカナ用語にも妙な魅力を感じて、以降意識してこの小屋を探すようになった。

ブログではじめて紹介した「乾燥小屋」。当時は「ベーハ小屋」という言葉も知らなかった。
「ベーハ小屋」というカテゴリー(ジャンル?)を纏った瞬間、それが特別重要なものに思えてくるから不思議である。仕事での移動時間や休日のわずかな時間に限られるが、その気になって探し始めるとなんと出るわ、出るわ・・・驚く程の数のベーハ小屋が次々に発見されていく。友人達と冗談半分でつくった「ベーハ小屋研究会」は謎だった「ベーハ小屋」の呼び名の意味をも解明したばかりか、県外にも特派員を数名持つほどの活発な活動を展開しつつある。徳島では国産の「阿波葉」が2009年をもって生産終了するので煙草農家を取材に行こう、などという話も持ち上がっている。かなり専門的な方まで加わって頂き、本格的な煙草文化の研究会の様相を呈してきているのである。
集めた写真は、2008年4月から2009年3月の間に私が撮ったものだけでも200件を越える。他の研究会メンバーのものや写真を撮っていない物件も含めると、おそらく300件から400件の現存するベーハ小屋が確認されていると思われる。ここまで集めるのに一年かかっていないこと、さほど特別な時間を費やして血眼になって探した訳でもないことなどを考えると、この2倍程度のベーハ小屋が讃岐には現存しているのではないかと思えてくる。香川の讃岐うどん屋の数が800~900件(この数も異常だが・・・)と言われているので、もしかするとうどん屋の数ほどベーハ小屋があるかも知れない。
研究会では、たばこ産業の文献なども発見され、葉煙草の種類や乾燥方法などが徐々に判明してきて興味深い状況にあるが、建築を業とするものとしてもっぱら私の関心事は、小屋そのものの持つ建築的な魅力についてである。今にも崩れ落ちそうな小さなバラック小屋が、なぜ、これほどまでに私の興味をひきつけるのだろうか。

「葉たばこ技術・研究史」(発行:日本たばこ産業)より
ベーハ小屋の建築的特徴は、主に以下のような点にある。
- 「2間 x 2間」(約4m x 4m)の平面がベースとなり、これに下屋などが付属するタイプが多い。
- 煙抜きのための越屋根をもつ切妻瓦屋根(屋根勾配は5寸程度が多い)
- 外壁は、土壁塗りを大壁で仕上げてある。漆喰塗りのものもあるが、もともと土壁のままの仕上げのものが多いと思われる。
- 平屋だが葉煙草を何段にも干して乾燥させるための天井高が独特のプロポーションを生み出している。
- 窓は葉煙草の乾燥状態を管理するための小さなものに限られる。木製窓でガラスの入ったものもある。
木・竹・土・瓦・石──この5種類の材料だけで建物のほぼ全てが構成されている。50年前後の年月を経て役割を終えた「ベーハ小屋」は、今まさに土に還りつつあるのだ。「朽ちていく美しさ」これが、この小屋の魅力の一つなのだと思う・・・。
ベーハ小屋の写真を撮っていて、もう一つ重要なことに気付いた。それは小屋が風景をつくっているということだ。そもそも煙草栽培のための小屋として農家の一角に建っているので、周囲は田畑の場合が多い。農村風景の中に点景としてベーハ小屋があるのだ。それは讃岐特有のため池やおむすび山の醸し出す風景とも重なって、讃岐平野独特の風景をつくっているといえる。その様子は、まさにベーハ小屋が讃岐の風土を反映した土着建築として存在していることを証明するものといえるのではないか。地元の素材で、ある意味簡単に作られたからこそ風景と馴染む、いや風景をつくることができたのだと思う。
建築の性能のことがいわれる昨今、建築の持つ様々な性能を数値化して開示しユーザーの判断基準にしようとする傾向がある。これはこれで良いことだと思うが、数値化できる性能をいくら上げても、建築そのものの価値が上がる訳ではない。数字に出来ない情緒的・感覚的側面を、建築はいつも多くもっている。
個人の所有する建物であっても、建築は必然的に社会の目にさらされる。否応なく社会的評価を受けざるをえない。そこにもわれわれ作り手側の責任がある。街の風景をつくるのも壊すのも、われわれ作り手側の価値観にかかっているのだ。
そんなことをベーハ小屋は訴えているような気がしてならない・・・・。

菅さんが制作した「讃岐のベーハ小屋 2008-2009」
香川県・株式会社菅組 代表取締役。
ベーハ小屋をはじめ、讃岐の様々な風景を伝える人気ブログ「ShopMasterのひとりごと」を運営。住まいネット新聞「びお」編集委員。






2009/4/26(日)22:38
益田のベーハ小屋
[+] 4月15日午後2時半近くに、島根県というのか石見の益田に到着した。朝9時過ぎに長崎を出て博多、新山口なる小郡を経て、特急といいながら気動車によるのどかな田園の旅であった。 …
2009/3/31(火)03:24
べーハ小屋は、菅さんがこれだけ追われたことで、讃岐の一つの風景になりつつあります。風景と景観の違いを、新建ハウジングという業界紙が出している「プラスワン」の次号に書きましたが、風景は人のこころに灯るものです。そしてそこには、人の暮らしの営みがあります。
ベーハ小屋そのものは、生産性を失いましたが、南部の曲り屋も白川郷や越中五箇山の合掌造りも、みな生産のための建物でした。それらをみなが大切にするのは、そこに人が生き、醸成された風景があるからだと思います。
季刊誌『住む』に『森里海ものがたり』を連載していて、最新号(春号)は、その最終回ですが、そこにも書きました。ぜひ、読んでみてください。
2009/3/31(火)03:13
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2009/3/30(月)09:33
ベーハ小屋が、どんどんと皆が共有する知識になっていきますね。これは「ブログの力」というべきものですね。
菅さんの讃岐での発見……というか、その物の存在に気づかれたこと…..で今があります。真鍋さんご自身のブログに「益子のベーハ小屋」をエントリーされたことだし、ますます、皆が気がついていくことになるような気がします。
2009/3/27(金)20:32
ささきさん ありがとうございます。
いまだにたばこから離れられない私です。コチラの方は早く離れなければと思っております・・・。
> 写真を拝見して、美しくて、ほれぼれします。
小池さんは「これを美しいと思える事が文化なんだよね。」という名言を讃岐の地において残されました。私もそう思います。
2009/3/26(木)09:30
「びお」で知って、「ShopMasterのひとりごと」も読ませていただいています。たばこは、段々と人から離れて行っていますが、ベーハ小屋は「ひとりごと」ではなく、讃岐の風景なんですね。写真を拝見して、美しくて、ほれぼれします。ありがとうございます。