興味津々
興味津々・No.045
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NHKの衛星放送で、ジョン・フォード監督、ヘンリー・フォンダ主演による『怒りの葡萄』(The Grapes of Wrath)が放映された。この映画は、アカデミー賞の監督賞と助演女優賞(ジェーン・ダーウェル)を受賞している。原作はジョン・スタインベックで、映画になる前年(1939年)に発表されていて、この小説によってスタインベックはピューリッツァー賞を受賞し、後年、ノーベル文学賞受賞(1962年)の受賞理由の主要作品として挙げられている▼派遣労働者の権利問題があり、小林多喜二の『蟹工船』が話題になっているが、そういえばアメリカには『怒りの葡萄』があったと改めて思った。1929年の大恐慌と、33年から2年間も吹き荒れたダストボウル(土地の荒廃による砂嵐)による大凶作は、中部アメリカの開拓農民を苦境に追いやり、彼ら(ジョード一家)は金融奴隷になり、居場所をなくし、ルンペンプロレタリアートの大群と化して、カリフォルニアに賃仕事を求めて流浪していった▼小説は、過酷を極めた彼らの流浪の生活を活写していて、固唾を呑みながら、1ページ1ページ読み進めたことを覚えている。ジョード一家はルート66をすすんで、やっとカリフォルニア州に辿り着いた。しかし、苦難な旅の末のカリフォルニアは、彼ら家族が思い描いた「乳と蜜の流れる地」ではなくて、大土地資本家が経営する機械化農場の賃労働しかなく、一家の夢は無惨に打ち砕かれたのだった▼今、日本では派遣労働者の問題が大きく取り上げられ、独り身の男性が寮から追い出されたことが話題になっているが、倒産に追い込まれた中小企業や、中高年の失業者が増える中で、家族の問題が浮上してくるのではなかろうか。子どもも派遣切れで、家族内のセーフティネットが総崩れすると、それはもう『怒りの葡萄』の世界である▼農場で働く彼らを待ち構えていたのは、過酷な労働と無権利状態で、そこで組合を組織しようと活動していたケイシーが資本家に雇われた警備員達に撲殺されてしまう。その場に居合わせたトム(映画ではヘンリー・フォンダ)は、ケイシーを殺した警備員を殴り殺し、追われて地下に潜る▼日本の「下流社会」の登場は「中流」の崩壊の始まりだったわけで、その常態化が進み、そうして『怒りの葡萄』のような家族の問題が浮上するのではないか、と思われてならない。そうならないための政治は機能しないのだろうか。





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