特集
石器時代からやって来た島 パプアニューギニア
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中央高地で最大の都市マウントハーゲン。その名の由来となったハーゲン 山の麓に市街地が広がる。
世界で二番目に大きな島
南の島を好んで旅するようになって十数年になります。旅を重ねるにつれ、私の興味はアジアを経て、南の島の真骨頂ともいうべき地域、それはよりシンプルな人の営みがある文化圏ということなのですが、オセアニア、南太平洋へと広がっていきました。
そして出会ったのが、パプアニューギニアでした。以来、腐れ縁などというと、パプアニューギニア関係者に怒られてしまいますが、そうとしか言いようのない何かにひかれてこの島に通い続けています。
ニューギニア島は、世界で二番目に大きな島です。一番大きい島が北極圏のグリーンランド、そして三番目が、ニューギニアと同じく赤道直下のボルネオ島になります。島の真ん中には国境があり、東半分が独立国家のパプアニューギニア、西半分がインドネシア領です。
石器時代の先進国
この島が、最後の秘境などと呼ばれるのには、理由があります。それは、南米のアマゾンと並んで、世界で最も最近まで石器時代だった地域だからです。
パプアニューギニアでは、近代文明との初めての接触を、宇宙人との遭遇よろしくファーストコンタクトと呼びますが、中央高地には、それが一九五〇年代、六〇年代という地域がいくらもあります。いまだ近代文明と未接触の部族の発見が報告されたアマゾンには及びませんが、ほんの五十年程前まで石器時代だったというのは、やはり驚愕です。なにしろ、太平洋戦争で日本がパプアニューギニアに迷惑をかけていた頃、そんなことは何も知らず、悠久の暮らしを営んでいた人たちが、同じ島にいたのですから。

独立記念日のスーパーマーケットにて。お正月にきものを着る感覚で、従業員が民族衣装で働いていた。もちろん彼も勤務中。貝のネックレスにつけたID カードに注目。

同じくレジ係の女の子。トップレス!?と驚くなかれ。これが正式の民族衣装。誰も恥ずかしがったりしません。
石器時代のパプアニューギニアは、地球上で有数の先進国だったといいます。昨年、それを立証するような遺跡が、パプアニューギニアで最初の世界遺産に登録されました。中央高地のマウントハーゲンにあるクゥク。黄河文明、チグリス・ユーフラテス文明と並ぶ、よその土地から伝播したのではなく、独自に人類最古の農業が誕生したことを示す遺跡です。ここに、農業のあけぼのがあったのです。黄河やチグリス・ユーラテスとの違いは、自分たちで発見した農業を、ほかの地域に伝播することなく、この島だけで完結したことでしょう。

マウントハーゲンのマーケットにて。農業のあけぼのの地の人たちは、農業センスがあり、外来の作物も上手に育てるという。
遺跡に何があるのかと言えば、地面に残された溝に過ぎず、しかも発掘後は再び埋めてしまったとか。観光的には、落選した平泉のほうがよほど見ごたえがあるに違いありません。しかし、人類の歴史にとっては、より重要な足跡と評価されたのです。
さらに、いかにもパプアニューギニアらしいのは、発掘された遺構とほとんど同じ農法が、今も現地で継承されていることです。遺跡は埋めてしまったけれど、それと同じものなら、周辺にいくらもあるというわけです。だからこそ埋めてしまったのでしょうが、でも、考えてみれば、この事実のほうが、よほど世界遺産級かもしれません。石器時代の時間軸は、この島では、そのまま今に至っているのです。

中央高地の典型的な畑。人類の農業のあけぼのは、こんな感じだったのか。
味のない料理とは
パプアニューギニアの面白さは、何といっても、そうした背景からくる強烈なカルチャーショックにあります。
たとえば料理。パプアニューギニアの場合は、何と説明したらいいのか、料理は存在しない、とでも言えばいいのでしょうか。
事実、国内に「パプアニューギニア料理」と看板を出しているレストランは一軒もありません。この国にシンパシーを感じる私としては、なるべくいいイメージを宣伝したいと思っているのですが、「名物料理は何?」と聞かれると、困ってしまうのです。
強いて名物料理らしきものをあげるとしたらムームーでしょうか。南太平洋全域に共通する石焼きの料理法です。地面に穴を掘り、イモや肉などの食材をバナナの葉で包み、焼けた石を載せて土をかけ、蒸し焼きにするのです。冠婚葬祭などに振舞われる、いわばハレの食事。タヒチ、ハワイのウム、フィジーのロボ、ニューカレドニアのブーニャ、イースター島のクラント、すべてパプアニューギニアのムームーと同じ料理法です。

ムームーが完成。土を掘り起こします。唯一の調理器具はシャベル。
でも、ムームーを料理とは呼びにくい理由、それは、味付けにあります。どんな味なのかって、いや、決してまずい訳ではないのです。というか、まずくても味がついていれば料理なのですが、パプアニューギニアの場合、塩を持たない文化圏が少なくないのです。すなわち、味がない、ということです。味のない、テクスチャーだけで成立する食べ物を果たして料理と呼んでいいものなのか、悩むわけです。

出来上がったムームーをほおばる。味はないけど、美味しい!
食の新しいトレンドは「米」
たとえば中央高地の主食はイモです。彼らの伝統的食生活とは、来る日も来る日も、加熱しただけのイモを、何の味もつけずに食べることです。

サゴヤシの幹を切り開くとやわらかい繊維質が。これを水に浸し、絞った汁を乾燥させて粉にします。

サゴヤシのパンケーキ。焼きたては、外はカリッ、中はモチッとして、結構いける。

くず餅状に練りあがったサゴヤシのプディング。
また、セピックという川沿いの湿地帯では、サゴヤシの澱粉が主食です。これを湯に溶いて練って、くず餅状(英語ではプディングと表現する)にするか、粉を焼いてパンケーキ状にするかして食べるのですが、やはり味はありません。唯一、使うのが灰。香ばしい風味が増すのだそうです。

唯一の調味料はこの灰です。
そんなパプアニューギニアでも、最近は食生活に変化が見られるといいます。それは米の普及です。
現地で聞いた話ですが、米というのは、どんな民族にとっても「美味い」、知ってしまったら後戻りできない魔性の作物なのだそうです。だから先祖伝来イモを食べてきた人たちも、ひとたび米を口にすると虜になってしまうのだとか。しかも米を食べるというのは、進歩的でかっこいいライフスタイルの象徴でもあるそうで、かくして、米を食べたいがための犯罪が急増しているといいます。イモならば、現金収入がなくても自分たちで作れますが、米は買うしかありません。パプアニューギニアで稲作を普及するプロジェクトが行われている背景には、こうした事情があるのです。

村を訪れたお客さん向けに用意されたごちそう。中央の3皿ほどは各種イモ。奥に米があることに注目。かなり頑張った感のある、モダンな食卓である。
稲作プロジェクトのメンバーが面白い話をしてくれました。彼らが入っている地方ではヤムイモが主食で、年に一度、ヤムイモの収穫に感謝する祭りがあるのですが、最近、ヤムイモと一緒に米もお供えされるようになったというのです。神様になれば一人前です。
遭遇した現代と呼応しつつ
石器時代からやって来た島では、伝統的生活も結局は、さまざまな外来文化を受容して生まれたものであることを改めて教えてくれます。日本人にだって、米を知る以前の時代があったのですから。いつか何百年かたったら、パプアニューギニアに今よりもっとユニークなミックスカルチャーが生まれているかもしれません。鳥の羽や草の葉っぱといった先祖伝来の装束に、帽子やサングラスをコラボレートする彼らのお洒落感覚を見るにつけても思います。

高校の学園祭にて。今風にアレンジした民族衣装で演奏中。指導者の長老のベルトとメガネのコーディネイトがいい。

これは女子学生たちの創作ダンス。トップレスが正式だからTシャツと草を組み合わせるのは、ちょっと斬新な感覚。リズムも太鼓でなく、体操のようにピッーと笛でとります。
<われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか>。
これは、タヒチを愛したゴーガンの晩年の大作のタイトルですが、パプアニューギニアが面白いのは、一見突拍子もないカルチャーショックの先に、壮大なる人類の過去と未来が見え隠れすることなのでしょう。同じ南太平洋、フレンチポリネシアの秘境マルケサス島でゴーガンが見た風景にも、パプアニューギニアと共通する何かがあったのかもしれません。
1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。旅とホテルをテーマにノンフィクション、小説、紀行、エッセイ、評論など幅広い分野で執筆している。日本旅行作家協会会員。日本エコツーリズム協会会員。





2010/10/10(日)12:00
箱根と知って投稿してます。仙石原の温泉荘に小さな山小屋を作って週末を読書や農作業やゴルフで過ごしてます。箱根人の箱根案内を買って読んで見ます。
ジャレ・ダイヤモンドの文明崩壊の中で紹介されたニューギニア高地の持続可能な農業に僕は惹かれましたが、貴方もその悠久の農業文化に惹かれたのでしょうか。モクマオウの木が沢山植林されているらしいのですが、Internetで検索してもその木が繁っている写真が見つかりません。現地で見ました?
2009/1/20(火)06:44
山口さん、今回の記事、とても評判になっています。是非、続編を読みたいです。お電話でお聞きした、パプアニューギニアのエコマネーというか、石のお金の話など、ぜひ。それから、ボルネオやフィジー、ハワイの話なども。
島崎藤村は、伊良湖岬にたどり着く椰子の実の話を柳田國男から聞いて詩にしたといわれています。海の道は、最近の歴史学でも、そうとうに研究が進んでいて、おもしろい世界になっています。
2009/1/19(月)12:45
南の島の話に興味をもってくださってありがとうございます。
パプアニューギニアや南太平洋なんて、遠い世界のように思われるかもしれませんが、島崎藤村の「椰子の実」が物語るように、これらの島々と日本は海を通じてつながっていて、それは、つまり根っこのところで、共通するものがあるということです。
まだまだ面白い話があります。また紹介しますね。
2009/1/16(金)16:11
びおは幅広いですね。鹿児島の食、寒ブリ、パプアニューギニア、これから何が飛び出すやら。でも、何か一貫したものが流れているような気がします。それは何でしょうか。これから1年間、びおをwatch することにしました。今の自分じゃない自分を期待したいと思います。山口さん、南の島の話、もっと聞かせてくださいね。本も読んでみます。