興味津々
興味津々・No.037
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びおの七十二候は、開始から三十七候を数える。筆者は半年間続けてみて、季節と自然の巡りに敏感になったという▶二十四節気も七十二候も、季節と自然の軌跡に沿っており、それは〈旬〉となって、日本の食卓に恵みをもたらしてくれた。~サクラが咲くと鯛がおいしい。~新緑が深くなると鰹がやってくる。~太陽がギラギラするようになるとスイカが甘くなる。~初冬の雷鳴が富山湾に轟くと、かならずブリがやってくる▶この〈旬〉の巡りが、日本人独得の季節感を育ててくれたのである▶しかし、現代生活は〈旬〉のある生活を急速に失っていて、ほんらい夏の食べ物である、キュウリやナス、トマトやピーマン、オクラは、いつでもマーケットの店先を飾り、冬にも食べられるようになった。化石燃料の力に依存した暮らしは地球に負荷を掛けており、またそうしてつくられるものは、おいしくなく、ほんらいの栄養素も失われている。それによって、暮らしから季節感が失われ、生活に句読点が打たれなくなった▶現代日本人の生活サイクルは、一週間単位で動いている。これは世界共通のルールなので、これを否定するつもりはないが、このサイクルは経済活動にとっては有効であっても、自然を享受する生活のサイクルからみると、もう一つの時間軸があっていいのではないかと思われる。少なくとも日本においては。それが日本の〈旬〉である▶かつて日本の農業には〈農事暦〉があった。そのとき、農民たちは自然の変調に敏感だった。信州安曇野の人は蝶ヶ岳の残雪の模様を見て、その年の作付の日などを決めた。自然の動きに敏感になり、その摂理にしたがうことで、農業を成り立たせていたのである▶〈旬〉がいいのは、まず味がいいことである。真っ赤なトマトは夏の味であって、石油漬けのビニールハウスで育てられたトマトとは、確実に味が違う。あるレストランで正月にスイカを食べたが、夏のスイカの甘さと比べると、ほど遠いものだった。蔬菜の〈旬〉は、収穫量の多い出盛り期である。魚の〈旬〉は生殖期直前の脂の乗った時期である。共に味の最もよい時期である▶そして出盛り期ということは、ここが大事なのだが、よく市場に出回るため値段も比較的安価であることだ。昨秋、出盛り期の秋刀魚を炭火で焼いて食べたが、堪えられないほど美味だった。秋刀魚がこんなにおいしい魚だったのかと再認識したが、昨秋の秋刀魚は豊漁で、値段も安かった▶もうすぐ筍の季節がやってくる。まだ随分先のことなのに、とスタッフに思われているが、この待ち遠しさが、つまり〈旬〉のたのしさなのである。待つたのしさを忘れ、何事も性急になっているから、こころが荒れるのではなかろうか。






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