興味津々

興味津々・No.035

2009年01月05日 月曜日
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釜びお新春の七十二候は、元旦に虚子の句を、今日の更新では蕪村の句を取り上げている。虚子の、正月の青空に一瞬止まってみえた羽子を白妙にたとえた句を、声を出して読むと、そこに同じように青空が広がり、空を舞う羽子を見ることができる。蕪村の句には、蕪村の目を感じることができる。それは、日本人に備わった五感の働きによる▼芭蕉に「古池や蛙飛び込む水の音」という有名な句がある。この句の主役は音である。この句のおもしろさは、蛙の鳴き声ではなくて、蛙が飛び込んで生じた音であることだ▼芭蕉は閑寂の境地を好んだ人であるが、ここでは古池や蛙の姿はなくてよく、ただ耳だけの世界がそこにある。「古池や」と詠むだけで、もう静寂がそこにかもし出される。蛙が一匹、その池に飛び込む、そうするとその音と、その音の余韻までを、日本人は感知するのである▼芭蕉には「閑(しずか)さや岩にしみ入る蝉の声」という句もある。蝉の声を「しみ入る」とは、どういう耳なのだろうか。その蝉はどんな蝉で、しみ入る対象となる岩はどんな岩で、周りの樹々の色の濃さと、そこに漂う匂いさえ感じることができる▼そんなことを考えながら虚子が書いたもの(『虚子俳話』)を読んでいたら、芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」という句は、啓蟄の頃の俳句で、「今まで地中にあった虫が一時に活動をはじめ」る「天地躍動」の句だといっているではないか▼確かに芭蕉の句は、一匹とも二匹とも詠んでいない。たくさんの蛙が「天地躍動」の啓蟄をむかえ、一斉に飛び込んでもおかしくはない▼芭蕉を閑寂の境地を詠む人とし、わび・さびの俳諧ということでいうと、虚子の解釈は異質のものである。虚子は、芭蕉がどういう俳人かを、むろん百も承知でこのことを書いており、詠み人に覚醒を与えるために、この一文を書いたように思われる▼俳句を詠む場合に限らず、あらゆる事象に対して、人はそれまでの知識や経験から世界を予知する。それはそれでいいのだが、疑いもしないというのはよくない。そもそもをいえば、五感の働きをそのとき失っていて、予断を以てみているのだから▼今年の朝日新聞の元日社説は、「何という年明けだろう」という文章で始まった。市場の失敗の大きさ、格差と貧困の広がりの大きさを前に、論者は深い溜息と共に書き始めたのだろう▼五感を逞しくして、こうしか考えられないのではなく、こうも考えられるという発想で、新しい年に挑みたいものである。

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