特集
鰤の話
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ブリ・ハマチ最近事情
いい居酒屋に行くとブリの照焼きがメニューに入っていますが、それでも天然のブリとなると、なかなか口に入らなくなりました。市場に出回るブリは養殖物が圧倒的です。
1キロのブリを養殖するには8キロのイワシやサバが必要とされます。一般的に、動物は成熟期に達すると成長が止まります。ブリになる前のハマチまでの成長は早いけれど、そこから先の成長速度は落ちます。市場に出回っているブリと称されるものは、実はほとんどは60~80センチ、3キロ前後の2年ハマチといわれており、1mを越える4年物の養殖ブリが市場に出回ることは、まずないと考えた方がいいようです。
作家の高橋治さんが月刊『文藝春秋』に『ハマチ養殖亡国論』(『海そだち』集英社文庫所収)を書かれ、大きな話題になったことがあります。ハマチに与えられる餌によって、海底にヘドロが沈殿し、養殖網に使われる薬剤による魚体への汚染、病気予防のための抗生物質残留などが取り上げられ、それは「海のブロイラー」だとして、海を汚す「亡国」だと指摘しました。
その頃、「風邪をひいたらハマチの刺身を3切れも食べれば治る」という噂がまことしやかに流れました。当時、背骨が曲がるハマチの奇形が発生したりして、その原因として、毒性の強い薬剤であるTBTO(トリブチルスズオキシド/現在は製造禁止)の投与がマスコミで取り上げられました。この当時の影響は、今でも尾を引いていて、ときどきwebで「風邪薬」云々が話題にされています。
ハマチは、狭い養殖用のプールにぎっしりと詰め込まれて養殖されるので、病気が発生すると一斉に感染します。当然、背骨が曲がったり、目がなかったりするハマチもいたりします。それを避けるために、抗生物質が投与されたのですが、これに批判が集まったため、現在は動物性医薬品という形で使われています。エサとして与えられる抗生物質はゼロのところもあります。いかにも抗生物質の使用量を減らした感じがしますが、実際は医薬品として使われています。
ハマチに使われている医薬品は、「サルファー剤6品目20種類、フラン剤7品目16種類、抗生物質5品目10種類、合成抗菌剤3品目4種類合計21品目50種類が使われていると言うのだ。サルファー剤・フラン剤など薬事法で獣医師の処方箋なしには購入できないものも多く含まれているが、水産用医薬品というと、一切の規制を免れると言う」(ブログ「団塊・熟年いいたい放題」http://aruaru.puchirinco.com/?eid=690396より)。
養鶏場のニワトリや、牧場のウシは抗生物質の投与が当たり前で、居酒屋の活魚は抗生物質入りタンクで泳いでいます。それらに比べれば、ハマチ養殖は進歩したと業界関係者は胸を張ります。しかし、薬物投与であるか抗生物質かに関わらず、抗生物質が効かない耐性菌を人体のなかに培養しないとはいえません。
筏の係留技術の向上によって、ハマチの養殖場所は外海へと移動しており、エサのペレット化(モイストペレット/原料:生餌、魚粉、魚油などの混合餌。ドライペレット/原料:主に魚粉)も進んでいます。外海は、潮の流れが速いため、海水が循環することで赤潮の被害を受けることがなくなりました。また、残った餌が海底に溜まることも過去の話となりました。潮の流れが速いため、運動量が増えて身の締まったハマチが市場に出てくるようになりました。天然との差はシロウトには見分けがつかなくなっているといわれます。養殖技術は格段に進歩し、最近では回遊魚の代表であるマグロまでに及んでいます。
では、天然ものと養殖ものを、どうやって見分ければいいのか。
食べれば分かるといいます。養殖ハマチの脂質含量は、天然のそれと比べると20%位多く、舌を刺すような刺激臭があり、べっとりとした感じです。天然の寒ブリは脂は乗っていますが、さっぱりしているのです。けれども、養殖ハマチを食べ慣れると、どっちがどうなのか、見分けがつけ難くなるのです。
そこでまず、尻尾の形で見ます。天然ものは、尾の付け根がきれいな半月を描いていますが、養殖物は上下両端が平行に切れ、半月の線も両端が少し欠けているように見えます。このラインの違いをみて下さい。次に、あごの形を見ます。養殖魚のあごは、自分で餌を捕食しないため退化し、小さくなっています。天然魚は自分で餌を捕食するので、魚体に見合った大きなあごをしています。また、養殖魚は水深の浅いところで生活するため日焼けした皮膚の色をしています。一番ハッキリしていることは、天然魚は季節にしか捕獲できないけれど、養殖魚はほぼ年中出荷できることです。特にブリは旬がハッキリしている魚です。
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そうそう、最もハッキリしているのは、値段の違いです。
天然魚は非常に高価です。築地市場で天然のブリの価格は養殖ブリの5倍以上といわれています。旬の食とはいえ、ここが寒ブリの難点です。
ただ、昔の人は寒ブリを大事にするが故に、ほかのことをガマンしました。「ケの日」(日常)は慎ましく暮らし、そうして「ハレの日」(大切な日)のために貯えました。
考えてもみてください。富山湾で水揚げされた寒ブリが、牛馬で飛騨高山に運ばれ、それが人の背によって雪の野麦峠を越え、権兵衛峠を越え、小川路峠を越えて遠山郷まで運ばれたことの意味と内実を。
藤森栄一の『峠と路』(学生社発行)によれば、信州の農民は、自分たちが雑穀を食べても米を残しておき、歩荷(ボッカ)たちが運んできた飛騨ブリと交換したといいます。
結局、暮らしの中で何を大事にするかということではないでしょうか。
今は宅配便で、日本中、翌日か翌々日には運ばれます。富山湾の寒ブリもホタルイカも、越後村上の三面川の塩引きサケも買い求められます。このインフラは、それはそれで素晴らしいことなので、それを活かして、地元から取り寄せようとすれば可能な時代になりました。それらは決して安くありませんので、食べたいものを選びに選ばなければなりませんが……。
その意味では、今はスピード時代です。何でも、どこからでも、お金を出せばほとんど買えます。今は選ぶことに価値があり、家族みんながそれを待ちわびて、一年に何回か時間を合わせて食することで、その価値はさらに高まります。
エネルギー漬け・薬物付けのものを、一年中いつでも食べられるのがいいのか、旬を選び、腹八分目に味あうのがいいのか、どちらがいいかは、みんな分かっています。分かっているし、誰でもやろうとすればやれる時代なのに、惰性なのか、忙しさにかまけるからなのか、なかなか切り替えられません。
スピード時代のスローフードは、一人ひとりの暮らし方に掛かっています。
文/小池一三
追記:この原稿はお正月に、ゆっくり資料にあたりながら書きました。ブリに関する本は意外に少なくて、それはそのまま鰤文化の衰退を意味しているのかも知れません。しかし、スローフードが言われる昨今、ブリ漁とその移送法、食文化は、注目されてしかるべきことと思われました。
参考にした本は、『鰤網の村400年』(中野卓著.刀水書房刊)と『鰤のきた道』(市川健夫監修、松本市立博物館編、オフィスエム発行)のほか、氷見漁業協同組合、富山県などのホームページから、多くのことを学びました。この特集を組みながら、持った印象は「富山県はおもしろい」ということで、近々のうちにまた取り上げさせていただくことにします。





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