特集
鰤の話
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鮭(さけ)文化と、鰤(ぶり)文化
ブリとサケを調べていると、フォッサマグナによって東西が分けられ、という記述が多いことに気づきます。東は赤身魚、西は白身魚の文化圏という説や、ウナギの背開き腹開きの違い、肉を鍋で焼くすき焼と肉を煮る牛鍋の違い、お雑煮の丸餅・角餅、味噌(白・赤)・醤油(濃い口、薄口)、だし(昆布・丸干し・鰹節など)の違い等々。
法医学者の古畑種基(下山事件などで有名な古畑鑑定の古畑さん)によると、東日本にはB型の血液型が多く、西日本にはA型が多いといいます。25万人のサンプル調査をもとにした指紋調査では、東には蹄状紋が多く、西は渦状紋が多いといいます。俄かには信じられないような話ですが、それらとフォッサマグナに相関性があるのでしょうか? 俗説に過ぎないのでしょうか?
確かに、中央日本を南北に走るフォッサマグナ(中央構造線)は、地質構造上、日本列島を二分します。その西縁は糸魚川・静岡構造線です。
フォッサマグナというと、この糸魚川・静岡線とだけ思っている人が少なくありませんが、糸魚川・静岡線はフォッサマグナの西縁に過ぎず、全体としていうと、東縁までの間の「面」を言います。「線」ではありません。西縁は構造線が露出している場所があって目立ちます。そのため、フォッサマグナというと糸魚川・静岡構造線と思う人が多いようです。信濃と遠江を分ける青崩峠に立つと、この構造線が露出していて、飛騨ブリの終着点の遠山郷は、その真上に位置しています。

wikipediaより 薄い赤色の部分の西端が糸魚川静岡構造線。
東縁については、いろいろな説があります。
直江津・小田原構造線が有力ですが、柏崎と千葉県銚子を結ぶライン説、上越と銚子ライン説、新発田と小出を結ぶラインとする説もあります。いずれにしても、そのあいだは200万年前まで海溝(大きな窪み)だったわけです。
本州が海溝で分かれていたことが、その後の日本の歴史にどういう影響したのか、おもしろいテーマでありますが、ここではフォッサマグナを境にして、東側にサケ文化圏が、西側にブリ文化圏が、いかにして形成されたかについて述べることにします。
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