設計のみつくろい
障子【明障子】(吉村篤一)
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障子(明障子)について
はじめに
和室のデザインの良しあしは障子の意匠によって決まる、といっても過言ではないと思っている。実際、新しくできた“和室”と呼ばれる部屋のデザインを見ても、そのほとんどは私に言わせれば、障子の意匠がぴったりしていないことによってその部屋のイメージを悪くしている場合が多い。尤も、現代建築における和室というのは設計者はいわゆる“純和風”とはひと味違った現代的な意匠を追求したいということから、新しい試みをすることによって、しっくり来ないものになる場合が出てくるからだろう。また、現代のモダン住宅では、和室でなくても障子を採用することがよくあり、60年代頃から徐々にその頻度が多くなってきているといってよい。モダンデザインといえども障子を採用することにより、和の感覚を出すことができるし、カーテンよりもすっきりしてシャープなデザインを保持できることもあり、モダン住宅の先駆者といわれる建築家たちも、障子を好んで採用した人も多かったようだ。こういった椅子やテーブルを使用する部屋においても、障子を使用する場合はその桟の割付や見つけ寸法によって、その部屋のデザインの良しあしが決ってしまうことが多いといえる。
障子の歴史
そもそも、光を通すが視線を遮る「障子」という建具は、古くは「明障子」といわれ、わが国では平安時代の末期から見られるようになったといわれている。「障子」はもともと骨組みの両側に紙や絹を貼り重ねた「襖障子」を指していたが、骨組みの片側に薄い紙を1枚貼った「明障子」が確認されるのは12世紀の後半頃らしい。そして当初は外からの視線を遮りながら、屋内にある程度の光を入れることのできる建具として用いられるようになり、平安時代に貴族の住宅に使用されていた「御簾」と同じような役割を受け継ぐような形で普及していったといわれている。(注1)
この「明障子」はわが国だけではなく韓国にも見られるが、両者の違いは桟を見せる側が、反対である。わが国のものは室内側に桟が見えるのが通常であるが、韓国では外側に桟が見えるようになっていることが多い。また、桟の割付けや見つけ寸法なども両者ではそれぞれ異なるところがある。韓国の桟の割付は比較的細かいものが多く、桟の見つけもわが国のものと比べてやや太めになっている。この理由は定かではないが、両地域の建築のデザインの成り立ちの違いからくるものであろうと思われる。桂離宮の外観写真によく見られるように、障子の桟は見えずに真っ白な建具が見えるから美しいのであって、桟の割付が見えていると相当違ったイメージになるのだろう。また、ソウルの秘苑にある芙蓉亭の外観の障子が真っ白、または桟の太さが繊細であったら、違和感を与えることだろう。このように障子の意匠は建築全体のデザインとのバランスが重要な要素となっていることが判るだろう。
わが国の書院建築から現れてくる床脇の付書院の障子のデザインは繊細な縦割りにする慣わしになっているが、その規範になっていると思われるのが慈照寺東求堂同仁斎の書院の障子であろう。障子一枚の形と縦長の割付寸法との関係が非常に美しくわたしはよくこれをお手本にすることが多い。ただ、桟の見つけ寸法はそれほど細くない。書院建築では柱や長押の寸法などの木割の関係であまり細くしなかったのであろう。東求堂は寺院の中にある書院建築であるが、寺院建築の障子の桟は比較的太いものが多い。
障子の意匠
障子のデザインはその桟の割り付け方によってイメージが相当違ってくるものであるが、江戸時代後期から大正の頃までに建てられた木造建築の障子の意匠は実に様々なデザインのものがあり、どちらかというと装飾的なものが多かったようである。しかし現代では桟の割付は比較的シンプルなものが多く、その割り付け方を大きく分けると横長型、正方形、縦長型、及びこれらの組み合わせ、の4種類に分けられるだろう。
1.横長型の割付
まず最初に普通のオーソドックスな割付は、横割りで横長比がだいたい黄金比くらいの寸法のものである。これは私たちが昔からよく見慣れたものであり、伝統的意匠の和室等で最もよく使用されるものであり、無難に仕上げたいときはこの割付にしておくとあまり抵抗なく仕上がることが多い。京都の町家や昭和初期に建てられた和風住宅等の和室の障子はほとんどこの手法である。また、数奇屋建築の規範とされている茶室の障子は全て横長型である。その割り付け寸法もあまり大きすぎず細かすぎず中くらいの寸法にしておくことが重要である。横長比は概ね1:1.5~2くらいのものが多い。
2.正方形の割付
これはどちらかというとモダンな感じがするもので、一般的には和室には不向きであり、洋室に障子を採用する場合に使用されることが多いものである。その場合、割付は比較的大きい目に割り付ける場合が多い。また、正方形といっても障子一枚の寸法が先に決まるので、その割付は正確に正方形にならない。その場合は一般的に少し横長に割り付けるほうが無難だとされている。逆に少し縦長にすると新しい感覚の室内デザインとなる可能性が高い。
しかし、和室でも現代的な表現にしたい場合、少し小さめの正方形にすると、その効果が現れることが多い。
3.縦長型の割付
これは先述したように当初は床脇の付書院の割付であったが、近代になって建築家が現代的な数奇屋のデザインを模索するようになってから、間仕切り建具としての障子にも採用されるようになってきたようだ。いわゆる古建築(江戸時代以前)にはほとんど見られないと思っていたら、閑谷学校の障子は縦長割りと横長割りの混合になっていることがわかった。江戸時代の後期には使われ始めたのかもしれない。現代住宅で間仕切り建具としての障子に縦長割りの意匠を用いたのは、おそらく吉田五十八の近代数奇屋が最初ではないかと思う。そして以後も縦長割りの障子を多用している。これに対して、堀口捨巳は書院的な場所以外では縦長割りの障子はほとんど用いていないが、村野藤吾は縦長割り、横長割り、正方形割りの障子を使い分けている。このようにみてくると、障子の意匠から建築を見ていくことにより、その建築家が何を目指そうとしていたか判るようで興味深い。
ともあれ、縦長割りの場合はその縦長比のプロポーションが千差万別であり、非常に細長いものから細長比が1:2くらいのものまで、自由に決めることが出来るが、その部屋のデザインとの関連性を充分考慮しないと不釣合いになることがあるので注意を要する。最近わたしは縦長割りの障子を使用することが比較的増えてきている。縦長割りで繊細な障子というのは、どちらかというと粋な感じがするものであり、料亭や旅館建築等の客室などに使用されることが多いようだ。それを上手く住宅の和室に応用すると、伝統的な感覚を損なうことなく新鮮で落ち着いた和室に仕上がることが多い。特に縦長割りの“吹き寄せ”という手法を用いると、粋な感じが強調されるものである。これらを住宅の和室や料亭の客室に使用したものを紹介しておきたい。ただこの場合は桟の見付け寸法に気を配らなければならない。太すぎるのは論外であるが割り付け方によっては細長比が小さい場合は、あまり細くしすぎるとかえって貧相になり、効果が薄れることがあるので注意を要する。
4.上記の組み合わせその他
上記の三種類に属さないものとして、少し変則的な障子の割付を紹介しておきたい。以前、壁がコンクリート打放しで内法材が黒塗の和室を設計した際に縦長型、横長型、正方形を組合せた割付の障子を用いたことがある。
また現代ではもはや使われなくなってしまったが、遊郭や置屋等の障子は非常に装飾的なデザインであり、比較的細かく割り付け幾何学的な柄や曲線を入れるなど多種多様な模様を取り入れているものもある。これも建築全体のデザインに対して、障子という建具の意匠のあり方が考慮されたものであり、その建築を理解するための重要な手がかりとなるのかもしれない。
その他
以上障子の桟の割り付け方により分類してきたが、障子を使用したいが視線は通したいという欲望を満足させたものとして、紙だけを貼るのではなくその下部にガラスを入れた「雪見障子」といわれるものがある。1枚の障子の下半分を擦り上げられるような構造として下部だけから外の景色を見られるようにするものである。これはもちろん板ガラスが出来るようになってから開発されたものであるから、一般住宅に普及してくるのは明治から大正にかけてのことであろう。障子を閉めたままで寒さを感じることなく外の景色を見られるというのは大変贅沢であり、冬期に暖かい部屋で庭の雪景色を見ることができるのはまた格別である。そのためにこのような名前がつけられたのだろう。これは技術的にも細かい作業を要するのでコストもかかるため、最近はあまり見られなくなったが、高級住宅の和室では採用されることも多い。また、すりあげ障子の部分が省略され、常に外部が見えているものもあるし、障子全体の中央あたりにガラスがはめられているものもある。
また、建具としての障子はふつう垂直にはめることがほとんどであるが、これを水平にはめるとまた違った効果が出る。最近わたしは天井に障子を使用している。それは住宅のリビングなどで吹き抜けにする場合、寒さ対策として吹き抜けの部分に冬季だけ障子をはめる、というものである。そうすると冬は暖気が抜けず暖房効果も良く、吹き抜けは上部から光が入ってくるので、昼間は障子の部分が光天井のようになり、明るさも確保できる。ただ、年に2度だけ障子の入れはずしをやらなければならないが、障子は非常に軽いのでそれほど苦にならない、と住み手にも評判はよい。京都の町家などではかつては夏になると襖を葦戸という夏建具に入れ替えていたものだが、そういった住文化の復権とでもいえるものではないだろうか。
おわりに
このように障子(明障子)という建具は、実に様ざまなデザインと使用方法があり、その使い方によってわが国の住文化の真骨頂を表現できるすばらしい建具といえるものである。ただ、冒頭にも述べたように、桟の割付や見付けの寸法によりその良しあしが決まってしまうので、建築の他の部分とのバランスに気を配りながらデザインすることが大切であろう。また、障子はわが国の伝統的な建具でありながら、現代の建築空間においても充分通用しソフィスティケイトな空間を創出することのできる魅力的な建具だということを認識しておきたいものである。
(注1)『歴史学事典第2巻からだとくらし』樺山絋一編、弘文堂
<写真出典>
1:『桂離宮-昭和の大修理』毎日新聞社
2:『朝鮮の民家』学芸出版社
3、5:『日本名建築の美』講談社
4:『日本の建築空間』新建築社
10、11:『現代の数奇屋』淡交社
12、13:『和風建築秀粋 村野藤吾の住宅建築撰集』京都書院
18:『数奇屋資料集成 玄関と座敷』小学館
19:『近世建築書-座敷雛形』大龍堂書店
6~9、14~17、20~23:吉村篤一設計によるもの
1940年京都生まれ。1963年京都工芸繊維大学工芸学部建築学科卒業。1963年坂倉準三建築研究所入所。1975年建築環境研究所開設。〜1997年京都工芸繊維大学、京都府立大学、近畿大学非常勤講師。1998年〜2003年 奈良女子大学生活環境学部教授。





























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