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落ち葉の始末【益子義弘】

2008年12月27日 土曜日
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落ち葉の始末
スケッチ:文 益子義弘

縁あって、郊外の、まだ一面雑木林の中の土地に住むことになった。以来30年半ばが過ぎる。
当初は林の一画の丸裸だった赤土の土地に、やがて雑草の間から芽を出した木々が大きく育って、いまは深い影を落とす。反対にあたりを囲んでいた雑木林はやがて次々と宅地に変わり、今はびっしりと家々が建ち並ぶ街になった。
土地が裸の頃は、夏の日照りに早く木陰が欲しいと思った。でもまだ若い我慢の体力もあって、それに当然お金が乏しいからただ幼木の成長をひたすら待つ。その分、木々が育ち影の深まりが増すことがいかに住む場所の心地を変えるかを、時と共に実感した。
春の芽吹き、光を透かす若葉、夏のかげり、秋の黄葉、そして落ち葉の季節を迎える。この大量に降る枯葉の始末がたいへんだ。

周囲が雑木の林だった頃は、集めてボンボンと平気で燃やした。枯葉パーティと称して若い人たちに声をかけ、落ち葉を山積みにしての焚き火とビールを飲む会もしばらくの恒例になった。
でも、やがて周囲に家が建ち始め、洗濯物がはためくようになると、当然それは自粛しなければならなくなる。気を使いながら凪ぎの無風の夕方に燃やしてはみても、その量はたかが知れている。近所に出来たごみ収集場に出そうにも、町の取り決めは各家にビニール袋二袋という。かさばる枯葉の二袋なんて、木の落とす量のうちの幾ばくでもない。それで何度かは収集と廃棄を外に頼んだけれど長続きは無理だった。手立てが尽きて、ある年高くいっぱいの山積みのまま放ったらかしにした。そのうちに処分を考えよう。
驚いたことに、その山は翌年の夏にはほとんど平らになった。なんということもない、急いで処分のことばかり考えていたけれど、先人たちは誰もそうして腐葉土にしてきたのだったと気付く。
そして、これには意外なうれしいおまけがついた。初夏、土を撒こうとシャベルを入れたら、中に白くて丸まった巨大な虫があちこちにいた。夏に羽化を待つカブトムシの幼虫だった。落ち葉が発酵する中でぬくぬくと育ったのだろう。
でも、群れて遊びに来る近所の腕白どもに、そのことは秘密にしてまだ教えていない。

カブトムシの幼虫

益子義弘(ますこよしひろ)

 
1940年 東京に生まれる。1964年 東京藝術大学建築科卒業。1966年、同大学院修了。
吉村研究室助手を経て、永田昌民とM&N設計室を開設し、建築家として活動。
東京藝術大学名誉教授。「益子アトリエ」を自宅敷地内に構える。

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立春といわれても、まだ冬だよ、といわれる寒波がこの列島を襲っています。けれど、日脚を見ると一日一日伸びていて、木々を見ると芽吹いていて、なるほど立春なのだ、春は立っているのだと思います。

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