伊礼智の実測スケッチ
VOL.1 旅の宿から~京都・俵屋にて
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俵屋は、古都・京都の中心で宿を営み300余年、公家や大名に常宿としても利用されていた、歴史刻む老舗旅館です。この俵屋の新館は42年前に、吉村順三先生の設計、そして、私の東京芸大時代の恩師である、若かりし頃の奥村昭雄先生が担当されました。
2005年も師走の暮れ、僕は初めてここに宿を取りました。街の通りから一歩、内に踏み込んだところから、何とも心地よい空気が漂っていた俵屋・・・部屋の中にはさりげなく様々なしつらえが施され、質素ながらも和風旅館の「おもでなしの粋」を味わうことができたことを、思い出します。
建築家の宮脇檀さんが生前、俵屋のことを「疲れる旅館」と話されていました。その本意は、「実測したりして、よく寝られない・・・寝るのがもったいない」──僕も宿帳に名前を記したその日の夕刻には、スケッチブックに向かい、「実測メモ」に鉛筆を走らせていたのでした。
書斎と繋がる5角形の変形コーナー
(2階「アーネスト・スタディ」にて)
アーネスト・スタディは、現在俵屋十一代主人・佐藤年さんの夫であり、日本の写真家で大学教授だった故アーネスト・サトウさんの書斎です。午後5時過ぎに宿泊客に開放され、アート関係の洋書が自由に閲覧できます。小屋裏部屋のようなプロポーションとスケール、それと絶妙な開口のあり方と外の緑が、とても落ち着いた書斎を創り上げています。
その書斎の右手に、カウチ(横になれるソファー)が置かれた何とも小さな空間があります。5角形に変形したその空間は、より、包み込むような効果を出していて、特にここが気に入ってしまいました。
そこで、このコーナーを早速実測!

開口部の大きさ・高さ・出窓風になった窓の出の深さが特徴的です。壁は漆喰、天井は和紙貼りだと思います。ほぼ、1坪ちょっとの空間で、天井の高さは1,860mm。書斎コーナーから160mm下がり、窓の高さが1,550mm・・・これだけでも十分、包み込む秘密がわかります。それに加えて5角形に変形した小さな空間であることが、書斎コーナーと繋がりながらも、包み込むスペースを可能としていると思いました。違和感のない、大好きなスケール感です。
プランは、書斎コーナーとカウチコーナーの間に外部が食い込んだようになっています。窓だけ部屋に飛び出して、書斎コーナーからカウチコーナーまで窓を通して視線が抜けます。包まれつつ抜けていると言った方がいいでしょうか、こんなやり方もあるのか・・・という感じでした。是非、このような包み込まれる空間を、自分の設計の中でも取り入れていきたいと思いました。
ミニキッチン
(2階「アーネスト・スタディ」にて)
アーネスト・スタディに付随する小さなキッチンです。宿泊客はここで自由にお茶を入れて、ゆったりすることができます。一見、ごく普通のミニキッチンに見えますが、かなり奥行きが浅いのです。こんな寸法でもいけるではないか!!・・・と言うような発見があります。
と言うわけで、早速実測!

まず、驚くのが流し部分の奥行きです。385mm・・・普通のキッチンなら650mm、アパートなどのキッチンですと550mmくらいです。加えて、水洗の位置がポイント・・・とらわれない自由さ、頭の柔らかさを感じます。
L型になったカウンタートップの奥行きも変えてあります。もう一方は奥行きが485mm・・・たいていの家電は置けます。カウンタートップは大理石、流しの前の水がかかりそうなところは壁も大理石張りですが、ちょっと、はずれると板になっています。L型のコーナーの、流しよりのところで、きっぱり切り分けて合理的。キッチントップの高さが800mm、仕切りを兼ねた収納棚の高さが床から1,705mmです。
僕はアーネストさんの事を、ほとんど知りません。しかし、この部屋から推測するに、大柄な方ではなかったのでは?と思います。実測に間違いがなければ、カウチの長さは1,800mm程度です。僕ならそれで十分なのですが、ちょっと背の高い人では、足が伸ばせないでしょう。
キッチンの高さは、もしかしたら、年さんの背丈にあわせて造られたのかも知れません。どのような、日常だったかは知りませんし、幾度も手を入れてきた推移があるでしょうから、なんとも判断はできませんが、推理する楽しみはつきません。それにしても、まだまだ、「いいもの」を見たりない事を痛感します。
客室
(2階「楓の間」にて)
「楓の間」は、新館2階の真ん中に位置する小さな部屋、僕が実際に宿泊した部屋です。ドアを開けると前室、左側が「本間」、右が水回りとなっています。「本間」(6帖)からモミジが見えることが、この部屋の特徴です。
入り口ドアのすぐ裏が、カバン置き場になっています。なかなかの位置です。入り口正面は横使いの小竹で視線を遮った衝立状の壁があり、その斜め下に冷蔵庫置き場があります。その冷蔵庫も、最も小さなもの・・・とにかく簡素です。
「本間」は大きな雪見障子が特徴です。中庭を切り取り、よけいな景色を遮る役割です。「本間」の横に実質3畳ほどの府室があります。ゆっくりと腰を掛け、庭を見ながら、本を読んだり、たばこを吸ったり、お茶を飲んだりするような小さな場所です。
「楓の間」のプランを採りました。

翌朝、係の人が朝一番で絞りたてのジュースを、府室のこのコーナーに運んでくれました。庭を見ながらジュースを飲んでいる間に布団を上げ、朝食の準備をしてくれる・・・ここは、そんな時にも役に立つスペースです。
俵屋は全体が街からの「隠り部屋」のような作りですが、さらに随所に小さな包み込まれるような「隠り部屋」を内蔵している、そんなところが魅力のひとつだと思います。一日中くつろげる空間・・・、小物、気遣いがさりげなく、簡素にしつらえられた旅館です。
客室の空間の骨格について
(2階「楓の間」にて)
日本建築は、柱の太さ、内法の高さ、天井の高さ、間の種類(関東間、関西間など)で空間がだいたい決まります。それに、柱の面の寸法、枠ちり、鴨居や天井縁の見付けの寸法で、かなり空間の性格が決定されると言っていいでしょう。面の取り方に加えて、建具、障子などのデザイン(框や組子の寸法)で色気の具合が決まります。仕上げの色、素材で空間の「風合い」が出てきます。
ここで、必要最小限の実測結果にまつわる話を。
実測スケッチ(メモ)をご覧の通り、吉村順三事務所ですから、京都の一般的な寸法から言って、無骨です。コンクリートの箱の中に木造の空間を創り、木造のグリットは960mmになっています。関東間が910mmですから、ゆったりしています。

天井高さは、「今回は8尺3寸(2,490mm)でいこう」と吉村順三先生がおっしゃったようです。奥村昭雄先生は「ちょっと高いなぁ・・・」と内心思っていたとのこと。柱は「3寸8分(114mm)にしよう」と言うことで、内法は1,890mm、鴨居の見附は36mm,天井廻り縁は30mm・・・無骨です。数寄屋でありながら、書院という感じがします。ただ、天井高さは実測では2,350mmでした。「吉村順三の設計図集」(新建築社)の図面集によると、「竹泉の間」(1階 客室のひとつ)の天井高さは2,430mm・・・1階と2階では変えたのかも知れませんし、現場で変わったのかも知れません。
障子の框は30mm、見込み30mm、組子の見付けは15mm。組子も見付けも18mmである「吉村障子」(吉村順三先生が考案された障子。引き違いの障子も正面から見ると一枚に見える)とは違います。雪見障子にしたためでしょう。
僕がここで気になったのは、柱の面取り寸法でした。実測では30mm・・・これは大きい・・・測り間違いではないかと、同じく図面集を見てみました。それによると、柱の面は6mmとなっています。そこで、デジカメ写真を拡大して見てみると、確かに30mmいや20mmくらいでしょうか・・・ほっとすると共に、面取り30mmというこの大きさが、どうにも理解できません。
もしかしたら、あとで削ったのかも知れない・・・と思っても見たのですが、実測スケッチ(メモ)の中に「鴨居との取り合い」の絵があり、どう見ても、後で削ったと言うわけではなさそうです。いやいや、柱は天井まで通っているのであるから、後で削ってもこうなる・・・とまた思い返してみたり・・・自分にはこれ以上のことはわかりませんが、面が大きいことで、少し、無骨さが和らいでいるような気もしました。
※面皮付きではないか? との意見もありましたが、面皮には見えませんでした。
「庭座」という空間
(廊下の一角にて)
俵屋の魅力は、各所に「小さな心地よい空間がある」ことだと思います。廊下の一角にある「庭座」というコーナーもそのひとつ。「庭座」という名前もとても素敵だと思いました。
もちろん、実測!

ここで感じた事は、庭は「常に変化する建築空間」なんだということです。設計者の意図とは違うこと(外部)が自分の中に入り込んでくる、と言う感じなのです。それが豊かなことに思える・・・そんな捕らえ方ができたのは、大きな収穫でした。「外部」とは「変化」なのかも知れません・・・漠然とそんな事を感じました。
追伸:客室
(2階「霞の間」にて)
2度目に俵屋を訪れたときに描いた、旧館にある「霞の間」です。部屋は廊下の突き当たりで、中へ入ると・・・なかなか小さい・・・開口は中庭に向いてL型であるのみです。明暗のはっきりした部屋で、まるで「小さなコートハウス」のようだと思いました。
プランを採ってみました。

内に隠れながら「外に向かう意識」が強く喚起されるような部屋です。南国(沖縄県)生まれの僕としては、最初は少し圧迫感を感じたものでしたが、単純なプランは強い空間に繋がるのだなぁ・・・と感心しました。
バッグから荷物を取り出し、それ相応の場所へセッティングしていくと、段々と自分の居場所になっていくから不思議です。
この開口廻りが何とも気持ちいい・・・早速、実測!

天井が2,100mmを切っています。開口の高さも1,700mmを切っているところが、ぐっと落ち着きを感じるところと圧迫感の狭間のような気がしました。
うちの事務所は、築45年の木造住宅を改装したものですが、内法の高さ(開口の高さ)がほぼ同じでした。事務所の引っ越しを決めた理由は、実は、この「霞の間」が効いていたのかも知れません。いや・・・よく考えるとその頃にはすでに、事務所の改装工事に入っていた──この寸法はもともと相性がいい空間だったのでしょう。






2009/7/17(金)14:43
ご指摘ありがとうございます。大変失礼いたしました。
訂正してお詫びいたします。
2009/7/17(金)13:15
宮脇壇じゃなくて宮脇檀ですよ。
お間違いなく。