特集
小さな家と二世帯住宅
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冒頭、一時ほどには二世帯住宅が言われなくなったことを書きました。しかし、これからの住まいを考えると、今後、二世帯(多世帯・多数)住宅は、家族防衛・生活防衛の点から、ますます重要性を増すことでしょう。
収入の縮小を考慮すると、都市部においては、もう土地を購入して家を建てるのは困難になってきています。購入したとしても大きな土地は望めません。親の土地で建替えるケースが増えざるを得ないでしょう。
家こそ朽ちたものの、親世代は営々と住宅ローンを支払って、ようやく土地を取得しました。この財産を活かして子世代が家を建替えるのは、厳密にいうと、それは家族二代、三代に亙って築き上げる「百年住宅」といえるのかも知れません。
自分の土地に、持家で家を建てるのは、もう捨てた方がいいと言われますが、この指向は根づよいものがあり、親の土地があれば、それを引き継いで、かしこく住宅問題を解決するのも一つの選択です。
ある住宅需要調査によれば、1955年の持家指向は全国で52%でしたが、1969年にはそれが89.9%になり、2004年に実施された内閣府の「住宅に関する世論調査」でも、「所有したい」(64%)、「どちらかといえば所有したい」(16%)という結果が出ており、合計で8割の世帯主が持家を希望していることが分かりました(参考『まちなかの戸建』学芸出版社)。
つまり、現在の厳しい経済環境下でも、依然として持家指向は根づよいのです。
この特集は、持家を希望する人たちを対象として、これからの持家をどう考えたらいいのか、小さな家と二世帯住宅をキーワードにして解こうというものです。
この小さな家と二世帯住宅の二つは、一見矛盾する話であって、相反するテーマと考えられがちですが、それを高次に止揚・統一すると、意外な可能性があることが分かりました。この考えに基づく提案をしたいと思いますが、その前に、小さな家と二世帯住宅について、もう一度おさらいしておきます。
小さな家
「小さな家」について、少しばかり述べます。
建築家の永田昌民さんが『大きな暮らしができる小さな家』(オーエス出版)という本を書きました。また、季刊誌『住む。』が、「だから、小さな家」(04冬号)、「田園の小さな家」(05秋号)、「小さな平屋」(08夏号)と、毎年のように「小さな家」を特集しました。伊礼智さんは、ご自身のブログ[irei.exblog.jp]や講演会で、しきりに小さな家のことを書いています。
永田さんは、「住まいに本当に必要なものがなにかということ。そして必要なものさえあれば家は小さくていいのだ、という確信」を、『大きな暮らしができる小さな家』のなかで、詳しく述べています。
永田さんの有名な自邸、東久留米の家の最初の延床面積は66.51m2(20.11坪)でした。
![東久留米の家 東久留米の家[N設計室・永田昌民]](http://www.bionet.jp/wp-content/uploads/2008/11/nisetai_nagata1.gif)
東久留米の家 二階は増築によるもの(設計:永田昌民)
二軒目の下里の家は85.40m2(25.8坪)です。

下里の家(設計:永田昌民)
永田さんは、4人家族であれば28坪程度あれば必要十分だといいます。その広さの家で「大きな暮らし」を実現できるのが永田さんの設計術です。
平面図を穴があくほど、ずっと見続けていると、やがて人が動き出し、生活が見えてきます。どう見えるかについて、武山倫さんは『住まいを予防医学する本』(町の工務店ネット発行)の中で書いています。この本は、町の書店に売っていませんが、町の工務店で貸し出しを行っています。すごくおもしろいので、是非、読んでください。『大きな暮らしができる小さな家』は市販されていますので、これも読んでください。「小さな家」が持つ、大きな宇宙が語られています。
季刊誌『住む。』の「だから、小さな家」特集では、中村好文さんがイギリスの作家ジェロームの『ボートの三人男』(訳/丸谷才一 中公文庫)を引用して、小さな家の極意は「生活の舟」のようなものだと言っています。ジェロームは、こんなふうに述べました。
「がらくたは投げ捨ててしまえ。ただ必要なものだけを積み込んで――生活の舟を軽やかにしたまえ。簡素な家庭、素朴な楽しみ、一人か二人の心の友、愛する者と愛してくれる者、一匹の猫、一匹の犬、一本か二本の愛用のパイプ、必要なだけの衣料と食料、それに必要より少し大目の酒があればそれでよいのだ」
伊礼さんが設計した「小さな家」は、それを写真で見るだけで、小さな家でいかに大きな暮らしを実現できるかを語っています。伊礼さんは、最近のブログにこんなことを書いています。
住まいは「外に向かう意識」(町と繋がる回路)を持たなければ
心地よい住まいとして成立しないのではないか?
「内に向かう意識」と「外に向かう意識」がグラデーションを描くように繋がっている。
自分の状況によって向かう方向・度合いを制御できる・・・
そのような住まいが心地よいと思う。
身体にフィットする服を纏うように、自分の身の丈に合った、
程よい大きさの住まいでいいと思う・・・。
特に小さな家では寛容さとおおらかさがなければ
大きく暮らすことは難しいように思います。
敷地いっぱいに建てた、閉鎖的な家々が並ぶ様は醜い・・・。
最近の珠玉のような小さな家の連作は、ここに述べられていることをより鮮明に物語ってくれています。その中で、評判の高い「小さな家」を紹介します。

「小さな家」(設計:伊礼智)

「小さな家」外観

「小さな家」内部
「ウサギ小屋」といわれて嘆くなかれ、それこそ日本文化なのだ
小さな家を巡るこれらのあり方は、EC(欧州共同体)から、いわゆる「ウサギ小屋」と揶揄された問題に対する、明確な回答になっています。
「ウサギ小屋」批判は、1976(昭和51)年10月の経団連「土光訪欧ミッション」に対してのものでした。当時、土光ミッションは欧州各地で、貿易不均衡に対する厳しい批判を浴びました。その後、ECの内部文書が暴露され、そこに日本人は「ウサギ小屋に住む仕事中毒(workaholics)」だと書かれていたことが分かり、日本で大騒ぎになりました。
その後、この時の「ウサギ小屋」云々は誤訳だった、ということが伝えられたりしましたが、一人当たりの住宅床面積でいえば、国際比較すると、日本は確かに低いのです。

問題は、低いからどうなのだ、ということです。
日本政府は、ECの指摘から19年後の『国民生活白書』(経済企画庁)において、「住宅一人当たり床面積は主要国の中で最低の水準」と断じています。
余程、この批判が気に障ったのか、今に至るも、この時の後遺症を引き摺っています。というより、それは明治以降、欧米の基準に照らして「一等国」であるかどうかと考えられてきた思考法そのものです。愚かなことに、その呪縛から逃れられないでいるのです。
国交省の「高規格住宅」なども、100m2(30.25坪)を下回る建築面積は対象外としています。住まいの豊かさの指標が広さなのかどうか、先の永田さんたちのあり方と、明らかに認識が異なっています。
シンプル・イズ・ベストの発想は時代の流れであり、ガソリンを垂れ流しながら走るアメ車に対し、日本車が優位に立っていることを以て、それは明らかなことです。地球温暖化を言うなら、まず「小さな家」を言うべきで、小さくて、住み易くて、エネルギー消費の少ない家にするのが一番です。にもかかわらず、行政も、多くの人のアタマも、住宅に関しては「大きな家」がいいと思っているのです。
実は、工務店にとっても「小さな家」を言われることは、好まざることです。それは家が大きいほど建築費がアップするからです。余分なことを言うな、と叱られそうですが、これからの時代、「小さな家」に希望があることが分かると、町の工務店の仕事に目を向けてもらえることになり、ひいては経営に実りをもたらしてくれる筈です
町の工務店は、日本文化が持つ豊かさを知り、「方丈の庵」が持つ宇宙の広さを学び、その魅力を大いに語ることで、緑の消費者の支持を得ることが肝要です。
そこで、「小さな家」の発想と手法を活かして建てる二世帯住宅の提案に進みます。
二世帯住宅
小さく建てて段々大きくすればいい、というけれど、
新築時は、両親もいて、子どももいて、家族数が一番多いときであったりする。
家族の要望も聞かなくてはいけないし、家を大きくすると予算も厳しいし、
さあ、どうすればいいのか?
家を建てる時期は、家族数が一番膨らむ時期にあたる例が多いようです。
「小さな家」は、小さく建てて、家族数が増えたら、段々と大きくすればいいといいます。けれども実際には、新築時に家族数が一番多く、大きな家の要望がつよいのです。将来は逆に、家族数は少なくなるので、「小さな家」で済みます。
実は、かくいう筆者(小池一三)の家がそうでした。
わたしは現在62歳です。15年前に新築しました。そのとき、母は71歳で健在でした。
子どもは、高校生の男の子と中学生の女の子がいて、夫婦を入れて5人家族でした。わたしは47歳、カミさんは44歳。その家族のための家をつくろうと思い立ちました。
プランは、家族それぞれの要求を満たすことが基本になりました。それが2Fリビングによる、この平面図です。

浜松丘の上の家(設計:村松篤)
家の事情をよく知る奥村昭雄先生に基本プランを引いていただき、村松篤さんが実施設計を引きました。
建築費が大幅にオーバーしてしまい、あたふたしましたが、いい家ができました。
賑やかな家でしたが、そのうち娘が大学進学で東京にでました。息子は、当地で仕事をしていましたが、今年東京の仕事に就くため家を出ました。母は医療介護を必要とするようになり、病院に入り、3年前に亡くなりました。
気が付いたら、賑やかだったわが家は夫婦二人だけの家になってしまいました。1Fの個室からは人が消え、2Fだけで間に合います。建築面積は175.87m2(53.20坪)。今では持て余す大きさです。減築して畑を作りたいと思うものの、総二階の建物なので、不可能ではありませんが大ごとです。
小さな家にしておけばよかった、と思うものの「後の祭り」です。でも、建てた時には、この大きさでよかったのです。みんな大満足でした。家族の歴史にとって、それはうれしい時間の共有を意味します。外に出ている子どもたちにとっては「ふるさとの家」になっており、帰郷したときには、もとの自分の部屋があるのはうれしいものです。けれども、2Fには予備室があり、そこに泊まることも可能で、1Fはなければなくて済むことです。
仮に、息子に嫁さんが来てくれて同居する場合には、上下階を隔てて住む、融合二世帯(多くの生活空間を共用しながら夫々が自立して暮らす二世帯住宅)になります。でも、その場合には1Fにキッチンを設ける改築を行うことになるでしょう。いきなり融合二世帯では嫁さんは抵抗があるでしょうから、共用二世帯方式となるでしょう。しかし、それもすぐにはムリで、息子夫婦は近くのアパートに住み、いずれ同居ということになるかも知れませんし、将来を含めて、同居はあり得ないということになるかも知れません。
そうしたら、この家はどうするのだ、どうなるのだということを、息子と語らずじまいで時は過ぎ行くのです。
どの家庭でも、多かれ少なかれこういう問題が横たわっていて、簡単に解けず、語らずじまいで据え置かれていませんか? 家族というものの、一つ屋根の下に暮らすのは大変なことで、二世帯住宅研究所が整理したように、すぱんすぱんと割り切ってやれるものではないのです。
小さく建てておいて時期が来れば大きくすればいいというものの、実際それが出来るかというと簡単ではありません。一度住宅ローンを利用すると、その支払いが完了するまで、新たに追加融資を受けることは難しいのが現実です。
いわれるほど、スムーズに運ばないのです。
提案:小さな家の発想で、二世帯住宅を建てるという方式
そこで一つの提案を行います。
それは、小さな家の発想と手法を駆使して建てる、壁を隔てた完全分離型の二世帯住宅はどうか、という案です。
ニコイチの家を建てます。玄関部・出入り口または中庭(コート方式)に、大き目の土間を設えます。そこだけが共有部分(公的資金を借りる場合は、双方の世帯が行き来できるように扉をつけることが義務付けられています。土間でも結構です)になります。あとは独立した家とします。
独立した家の設計は、先に紹介した「大きな暮らしができる小さな家」です。
わたしの家族の場合も、この方式でやれば、家族の要望を満たせたことを、今にして気づきました。
それぞれが出て行った、あるいは亡くなったあとは、一つの家の方に住み、もう一軒は借家にすることができます。親しい人に貸す場合、土間はそのままにしておいてよいでしょうし、壁で隔てるのもOKです。その程度の工事なら費用もそう掛かりません。

小さな家の発想で、二世帯住宅を建てる
親しい人というのは、親族兄弟、友人の中で一人身の人であったりします。同一家族だけの家が二世帯住宅ではありません。一つ屋根の下で、うまく折り合って二世帯が暮らす家が、言葉の正しい意味で二世帯住宅です。
あるいは、もう一戸の家を、老後の仕事場として用いることができます。いろいろな選択肢があるわけで、建物がその選択を楽にさせてくれるのが理想です。
もう一つ、横たわっている問題は住宅ローンの残債です。
住宅ローンの期間が長くなっており、仮に45歳で家を建てたとして35年ローンだと80歳まで支払わなければなりません。今のように低成長経済のもとでは、支払うローン額の家計に占める比重が、30年後に軽くなるという保証はありません。むしろ、リタイヤ後を考えると苦しくなる可能性の方が高いのです。退職金で残債を払って、と考えていても、これからの経済事情を考えると、会社自体がなくなる可能性を孕んでおり、年金にも期待できないとなると、将来起こり得る「危機問題」を、建築時点でよく考え、かしこく見通さなければなりません。
この提案、いかがでしょうか。
今回の提案は、主として都市部の二世帯住宅をテーマにしたものであり、都市部においてさえ、むろん「解」は一つではありません。
敷地によって、家族によって、予算によって、「解」はさまざまにあります。
一つの提案として参考にしてください。
二世帯住宅、二世帯同居に関するブログ
二世帯同居の条件
http://pub.ne.jp/kodanuki/?entry_id=998205
「同居条件」を作成して、親夫婦に提示されたそうです。その同居条件がリストアップされています。
二世帯住宅
http://petitlapin.exblog.jp/5014785/
介護、同居など、むずかしい事情の中での二世帯住宅の肯定です。
二世帯住宅について
http://d.hatena.ne.jp/JGN/20070327/1174983850
何をどう共有するのか、予算や精神衛生上のことなど。
同居は、子どもがいる事で、より、複雑に!
http://ameblo.jp/ruikatsu/entry-10151447664.html
「長男の嫁」としての二世帯同居を綴っています。複雑、ですね。
家族会議してますか?
http://yomeblog.ti-da.net/e1989183.html
家族会議で「至らない嫁」にされてしまう、というちょっと切ない話。
二世帯ってどうよ?
http://aikota.blog26.fc2.com/blog-entry-273.html
「相手がいい人なら同居はいいよー!って薦めたい。」という、ポジティブなご意見です。
[協力:A PROJECT建築デザイン事務所]
- A 二世帯住宅の現在
- B 1980年代に始まった二世帯住宅
- C これからの二世帯住宅





2008/11/18(火)11:51
「二世帯住宅」 人間の生活様式が核家族から二世帯同居 の方向にあります。
4,50年前の住まいかたがありましたが、時代は繰り返しているのかもしれません。
経済が現在のように逼迫している現状も含めて ただしい選択と思っています。
所謂、祖母 祖父が孫の面倒をみることが一つ同じ屋根でおこなわれることは、その子供にとって いかに多くの学びがあるということだと思います。
登校拒否とか言われてから、年月 経ちますが 子供の心を素直に育てる教育の場なのでしょう。
私も2世帯の設計を行ったことあり、2倍の労力を要しますが、こちらの家族の幸せをと思い、自分も夢中になってしまいます。
設計料は同じですが、そんなことより 家族の幸せが優先です。
設計の基本は、幸せを 追求することにあります。
時々 その家庭に訪問することありますが、祖父、祖母 施主 の方も 是非お茶を飲んでいってください といわれ 2時間 世間話 となります。
「本当に今も感謝しています」 と言われ 心に潤いを感じた自分せした。
2008/11/8(土)16:07
「これなら同居してもいいかなぁ~」
などと、○○ホームのCMを見た時には、そんな幻想ありえない。
と思ったものです。
どこのコピーライターが考えた言葉か、なんと無責任な売り文句。
実の母娘の場合でも、洗い物ひとつをとってみても、それぞれに流儀が違います。
口出ししないでおこうと我慢してストレスをためるか、
口出しされて、素直に聞けるか、ストレスをためるか
はたまたけんかになるか。。。
設計する立場として、この幻想ともいえる、円満な同居をいかに図っていくか。
同居を受け入れた、決意ともいえる心のあり方を尊重し、今の家族関係が、壊れることなく、同居だからこそ可能となる豊かな暮らしを生み出せるようにと、どちらかといえば、辛口のアドバイスをしながらの設計を心がけています。
お風呂が一緒がいやという気持ちもわかります。
ならば、旅館の露天風呂気分で入れるお風呂はどうか。
といえば、じゃあ誰が掃除するの?
などの、現実問題についてもしっかり話して合意の上進めなくては、一年後に、お邪魔することの出来ないお宅になってしまいます。
一組で完結できる家づくり以上に、家族それぞれの要望や、性格、関係など、メンタルな部分を感じ取りながらまとめていかなくてはいけない大作業となります。
プライバシーという言葉にまどわされ、人と人の関係、コミュニケーション、距離感を育てることに、目を向けてこなかった現在の家のあり方に行き詰まり、弊害が露呈してきた現代社会。
共に住まうことを、今一度考えなくてはならない時代になってきていると思います。
提案の「小さな家の発想で、二世帯住宅を建てるという方式」
こうしたことを、最近よく考えさせられます。
小さな家でより豊かに暮らすために外に開いていく工夫。
そして、開かれた外で生まれるコミュニティの豊かさ。
二世帯住宅に限らずとも、店舗併用住宅にしても、子供のいない世帯にしても、住み慣れた場所、培われた人間関係のなかですみ続けていくことができれば、老後を考えた場合にも、心のよりどころになるのではないかと思います。
毎回、「びお」の特集には、核心を突いた内容が取り上げられますね。
多くの方の意見が、もっともっと展開できるコーナーとなっていけばいいですね。
2008/11/8(土)07:32
収入型住宅は、ハウスメーカーなどが盛んに言っています。
今回の提案は、最初に収入型ありきの甘い話ではなく、家族のための家が、どういう時代の荒波にも、変化にも耐えられる、やわらかな対応を可能にするためのものです。
永田さんがいうように、余分なことにお金を掛けないで、何が大切なのかを基本にしながら、ちゃんと考えれば、いい結果になると思います。
2008/11/8(土)05:26
よくもまあ、ややこしく、難儀な世界に踏み込まれましたね。しかし、こういうことをきちっと考えて設計するのが王道なので、自分も考えてみようと思います。「びお」しかやれない特集です。今後も期待しています。