特集
小さな家と二世帯住宅
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イラスト:小野寺光子
- A 二世帯住宅の現在
- B 1980年代に始まった二世帯住宅
- C これからの二世帯住宅
今、何故、再び二世帯住宅なのか?
二世帯住宅を建てる人は、今でも少なくありません。
けれども、二世帯住宅が登場したとき(どのように登場したかは、後で述べます)に比べると、かなり冷めた見方が出ています。たとえばこんなふうに。
- 例1 上下階の二世帯住宅で食事は別だけど、お風呂は一緒、それがイヤ。
- 例2 姑がいる方が、子どもの面倒を見てもらえるのでいいと考えていた。でも育児の考え方が違い過ぎて、一緒に暮らすと子どものためにならないことが分かった。
- 例3 姑と、どうにも反りが合わなくて家を出たいけれど、私たちの支払いをアテにして住宅ローンが組まれているので、出るに出られない。
例3の場合、現実に息子夫婦が家を出てしまって、泥沼化している例もあって、こうした失敗例をあちらこちらで聞くようになりました。家は失敗すると、問題が問題だけに、後遺症が大きく、取り返しがつかなくなるのです。
今、多くの家族でいわれているのは、息子夫婦、あるいは娘夫婦が若いうちはアパート住まいをして、いずれ同居すればいいというものです。失敗例を耳にして、この「いずれ」が延び延びになっているのが実状で、なかなか同居に踏み切れない家族が多いようです。
ただ、この「いずれ」というのは、日本の住宅事情や老人介護の問題と絡んでいるので、「いずれ」同居するのは既定のことと覚悟しています。
「家族防衛戦争」に突入しました!
話が飛びますが、広い視点からみたいと思います。少しばかり、政治向きの話になります。こういう話を好まない人も、好むと好まざるにかかわらず、向こうから政治はやってきますので、否が応でも火の粉は降ってきます。
三年前の選挙で、多くの人が小泉「構造改革」を支持しました。この政治家は、郵政改革ばかりを言う奇妙な人でしたが、周辺にいる竹中平蔵さんなどを含めて、半端なものとはいえ「構造改革」を断行しました。「構造改革」とは、まず国の「財政再建」を優先する政治を言います。医療・福祉に限って言えば、「自助努力」の名のもとに、公的保険の範囲を限定し、十分な医療・福祉を受けられない層(特に老人層)が増加してもやむを得ない、という方向のものでした。
事実、診療報酬は下げられ、薬価差益もなくなりました。このため自治体病院の92%が赤字、国立病院の70%が赤字、公立病院の60%が赤字という状態が生まれています。
先進国には、人口1000人当たり3.1人の医者がいます。日本は2人です。現在、医師不足は深刻です。
診療報酬制度は、1万近い項目に及ぶもので、小泉改革はこの3.16%のカットを打ち出しました。最近頻発する救急患者の「たらい回し事故」や、長期入院患者の「ベット剥がし」は、医師不足と病院の収入源縮小に起因します。つまり、この「構造改革」は、新しい構造を社会にもたらしたのです。
一方において、格差社会が進行しています。非正規雇用者が増えています。
下流社会という言葉が流行語になりました。「下流社会」とは、それまで「中流」といわれていた層の二極分化であり、その下層部分が「新貧困」層に組み込まれることを意味します。荒々しい市場主義(適者生存)が、それぞれの家庭に突風となって襲うようになりました。そこに年金問題のデタラメです。
こうして日本の家族は、生活・老後の不安が一気に拡大しました。
老人福祉施設の利用は、低所得者に対しては、それが劣悪なものだとしても、社会政策の視点から、それなりに保護策が取られることでしょう。また高所得者は、自分のお金で利用できるのだから、さほど問題になりません。家庭介護する場合にも、家を改造するお金にも不足しません。
そうした中で、割を食うのは中間層です。この層は、老人福祉施設を利用する場合にも費用負担が重くのしかかり、第一、良質な福祉施設そのものが不足していて、入るに入れません。つまり自宅介護せざるを得なくなるように誘導されています。
住まいが「持家」であるように、「自助努力」の名のもとに、自宅介護を強いられるのが、この国の「中流」が置かれた現実です。
今後「中流」は、今以上に荒波にさらされることをみんな分かっています。政治に期待したいものの、この構図は簡単には変わりません。少々、消費税をアップしたところで、北欧のようになりっこありません。
最近、麻生首相は「中福祉中負担」を言っていますが、それはつまり、「中流」は自分達でどうにかせいという政策です。社会問題化しない程度に福祉を行うものです。そこからこぼれる現実を、時折マスコミが取り上げるものの、個々の踏ん張りに頼ろうというのが、この国が採っている方向です。
これから大変になることを、みんな分かっています。分かっているから、いずれ同居しなければやって行けないと思っています。そうなったら仕方がない、「いずれ」ということで先延ばしているのです。
長寿化がすすんで、親が元気ということも、「いずれ」を先延ばしている原因の一つです。
仮に、両親が58歳のときに結婚して同居したとすると、平均寿命86歳として、28年間生活を共にすることになります。姑の話を若い頃は素直に聞けたとして、そうそう聞けなくなる予感を息子夫婦も娘夫婦も持っています。
長い年月を共にするということは、こうじる度合いが強くなり、その頻度も多くなり、感情の齟齬が、やがて深い溝を生むのではないかという心配をみんな持っています。その惧れが、この「いずれ」を、より先延ばしさせているのです。
むろん、若いときは反りが合わなくても、一緒に暮らすうちに感情が融け、ある歳月を経て、ほんとうに仲良しの二世帯家族もあるのですが、耳にする話は不安を覚える話ばかりです。
町の工務店は、主に戸建住宅を建築の対象としています。
この「持家」取得層は、つまり「中流」ですので、この「中流」が抱える悩みは、町の工務店の仕事に直結しています。これからを考えると、都市部では、二世帯住宅の重要性がいよいよ増すことでしょう。
それは「家族防衛戦争」というに等しいもので、「家」がその砦になり得るか問われています。
住まいは「生活の容器」だといわれます。この場合、二世帯(多家族・多数)が住み暮らす「生活の容器」として、住まいはどうあるべきなのか、ということが問われていることを意味します。
それにどこまで「解」を得られるのか、長い前置きになりましたが、今回の特集は、この難題をテーマとします。
- A 二世帯住宅の現在
- B 1980年代に始まった二世帯住宅
- C これからの二世帯住宅






2008/11/18(火)11:51
「二世帯住宅」 人間の生活様式が核家族から二世帯同居 の方向にあります。
4,50年前の住まいかたがありましたが、時代は繰り返しているのかもしれません。
経済が現在のように逼迫している現状も含めて ただしい選択と思っています。
所謂、祖母 祖父が孫の面倒をみることが一つ同じ屋根でおこなわれることは、その子供にとって いかに多くの学びがあるということだと思います。
登校拒否とか言われてから、年月 経ちますが 子供の心を素直に育てる教育の場なのでしょう。
私も2世帯の設計を行ったことあり、2倍の労力を要しますが、こちらの家族の幸せをと思い、自分も夢中になってしまいます。
設計料は同じですが、そんなことより 家族の幸せが優先です。
設計の基本は、幸せを 追求することにあります。
時々 その家庭に訪問することありますが、祖父、祖母 施主 の方も 是非お茶を飲んでいってください といわれ 2時間 世間話 となります。
「本当に今も感謝しています」 と言われ 心に潤いを感じた自分せした。
2008/11/8(土)16:07
「これなら同居してもいいかなぁ~」
などと、○○ホームのCMを見た時には、そんな幻想ありえない。
と思ったものです。
どこのコピーライターが考えた言葉か、なんと無責任な売り文句。
実の母娘の場合でも、洗い物ひとつをとってみても、それぞれに流儀が違います。
口出ししないでおこうと我慢してストレスをためるか、
口出しされて、素直に聞けるか、ストレスをためるか
はたまたけんかになるか。。。
設計する立場として、この幻想ともいえる、円満な同居をいかに図っていくか。
同居を受け入れた、決意ともいえる心のあり方を尊重し、今の家族関係が、壊れることなく、同居だからこそ可能となる豊かな暮らしを生み出せるようにと、どちらかといえば、辛口のアドバイスをしながらの設計を心がけています。
お風呂が一緒がいやという気持ちもわかります。
ならば、旅館の露天風呂気分で入れるお風呂はどうか。
といえば、じゃあ誰が掃除するの?
などの、現実問題についてもしっかり話して合意の上進めなくては、一年後に、お邪魔することの出来ないお宅になってしまいます。
一組で完結できる家づくり以上に、家族それぞれの要望や、性格、関係など、メンタルな部分を感じ取りながらまとめていかなくてはいけない大作業となります。
プライバシーという言葉にまどわされ、人と人の関係、コミュニケーション、距離感を育てることに、目を向けてこなかった現在の家のあり方に行き詰まり、弊害が露呈してきた現代社会。
共に住まうことを、今一度考えなくてはならない時代になってきていると思います。
提案の「小さな家の発想で、二世帯住宅を建てるという方式」
こうしたことを、最近よく考えさせられます。
小さな家でより豊かに暮らすために外に開いていく工夫。
そして、開かれた外で生まれるコミュニティの豊かさ。
二世帯住宅に限らずとも、店舗併用住宅にしても、子供のいない世帯にしても、住み慣れた場所、培われた人間関係のなかですみ続けていくことができれば、老後を考えた場合にも、心のよりどころになるのではないかと思います。
毎回、「びお」の特集には、核心を突いた内容が取り上げられますね。
多くの方の意見が、もっともっと展開できるコーナーとなっていけばいいですね。
2008/11/8(土)07:32
収入型住宅は、ハウスメーカーなどが盛んに言っています。
今回の提案は、最初に収入型ありきの甘い話ではなく、家族のための家が、どういう時代の荒波にも、変化にも耐えられる、やわらかな対応を可能にするためのものです。
永田さんがいうように、余分なことにお金を掛けないで、何が大切なのかを基本にしながら、ちゃんと考えれば、いい結果になると思います。
2008/11/8(土)05:26
よくもまあ、ややこしく、難儀な世界に踏み込まれましたね。しかし、こういうことをきちっと考えて設計するのが王道なので、自分も考えてみようと思います。「びお」しかやれない特集です。今後も期待しています。