特集
あかりが場所を拾う【益子義弘】
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スケッチ:文 益子義弘
いつも深夜のラジオで「明日の日の出の時刻」が流される。
聞くともなしに聞こえてくるのだけれど、意外に気になるものだ。
夏至のとき、東京は四時二十四分だった。
季節も気分も夏の活気に向かいながら、その日を境にして昼間は確実に短くなっていく。
今はもう、日の出はとうに五時を越えている。
日暮れも早くなった。
住まいの場面でいえば、気持ち浮き立つ明るさもいいけれど、薄暗がりにも惹かれる。特に夕暮れの、物も空間も総じて輪郭があいまいになって行く時間は、場所の固定された強さから気持ちが解き放たれる。
もちろんいつもそんな場面に身をおいているわけではなく、たまの休日に味わう一時ではある。
夕刻、いつの間にかの辺りの暗さに気付いてあかりを点ける。
テーブルの面がポッと照らされる。昼間は陰にいた部屋の片隅が明るさに浮き出る。そんなふうにして順にあかりを点けて行く。
点けるごとにあかりが場所を拾うようだ。
ちょっと格好をつけて言い過ぎたなあとは思うけれど、あかりは家の中に昼間とは違う居場所のありかを確かに生む。
そして、強いあかり、弱いあかり、その位置は、人や家族の間や距離の感覚をさまざまに変える。それを設計の折にも大切にしたいと思う。
ある時、「夜は暗くてはいけないか」という本を書店で目にした。
題名を見て、「そうだ」と思ったのだけど、均質の蛍光灯に照らされて、日本の街や家の夜がどんどんと平盤になって行く状態を著者は指摘する。
細かな内容はここでは記さない。
最近はまた、省エネの観点から白熱灯を蛍光灯や別の光源に早く変えるべきという話が目につく。国の施策もメーカーもこぞってその移行に向く気配だ。勘ぐれば売り手メーカーの後押しで施策が進められていると思わなくもない。
だって夜の街は競うように煌々と照らされている。
不要と思える施設のライトアップも盛んだ。
住まいにあっては、それは慎重にしたい。暗さの中にあかりが場所を拾う楽しさやその上の豊かさ、選べる明暗や光の色合い。
そこにはまだまだ工夫の目を向けたい。
これから夜が長くなる。

このエッセイは、二ヶ月毎に一度掲載予定です。
1940年 東京に生まれる。1964年 東京藝術大学建築科卒業。1966年、同大学院修了。
吉村研究室助手を経て、永田昌民とM&N設計室を開設し、建築家として活動。
東京藝術大学名誉教授。「益子アトリエ」を自宅敷地内に構える。





2008/11/15(土)07:56
とてもきれいな絵で感動しました。今回は、設計のみつくろいも明かりがテーマで、七十二候の「秋深き隣は何をする人ぞ」とも重なっていて、季節柄、タイムリーな企画で感心しました。
5日ごとの更新が楽しみにしています。
「設計のみつくろい」は、本にならないのでしょうか。