特集
遥かなる山の、遥かなる取り組み
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産直住宅協議会の取り組みと長崎材木店

わたしは最初、この協議会をよくある産直住宅協議会とみていました。この種の協議会は幾つか全国にあって、その一つ一つは、それぞれ貴重な取り組みであるけれど、どこも似たりよったりの取り組みをしていて、ここもそれらと同じかと思っていたのでした。
悪くいうと、国のお金を引き出すため、あまり実質を伴わない、形どおりの協議会を設けている例がなくはないのです。
わたしは、林業が抱える困難からして、国の補助金を否定するものではありませんが、補助金にのみ頼った活動で、いい結果を見たことがありません。
高千穂に着いて、同乗者が役場や森林組合に降りた後、宿所となるホテルに送っていただきました。そのホテルのロビーで、少しばかりお話している間に、これは何か違う、ほかと違う、ということに段々と気づきました。
実は、高千穂まで車を運転していたのは、協議会事務局の佐藤庫司さんで、助手席に坐っていたのは、谷川由香さんでした。佐藤さんは、「株式会社もくみ」の専務でもあり、谷川さんは同社の係長さんでした。
もくみは、日之影町・高千穂町・五ヶ瀬町三町が共同出資し、西臼杵森林組合、同製材事業協同組合、同素材生産事業協同組合が運営する第三セクターです。
今、日本の山はいろいろ試みてみるものの、山は荒れるに任され、どこも困難を抱えています。そんな現実にあって、もくみも例外ではありませんでした。そんな中で、佐藤さんたちが一縷の望みを掛けて取り組んだのが、この産直住宅協議会でした。
わたしは、このお二人から話を聞くにしたがい、これまでに類例のない取り組みであることに気づきました。
わたしが『近くの山の木で家をつくる運動宣言』の起草者であること、『木の家に住むことを勉強する本』(共に農文協から発行されています)という本の編集人であることなどを自己紹介しましたところ、それを聞いた佐藤庫司さんの目がきらりと光りました。佐藤さんの取り組みは、実は『木の家に住むことを勉強する本』に触発されて始まった、というのです。
わたしが何者だということが分かってからというもの、佐藤さんの声は、俄然、熱を帯び、堰を切ったように、自分たちの取り組みについて話されました。
横にいる谷川さんは、いちいちその話に頷きます。谷川さんのご主人は、佐藤さんと幼馴染でした。そんな縁があって、町育ちの谷川さんは高千穂にやってきたのでした。
わたしは、長崎材木店と西臼杵の森林所有者の間に結ばれている「森林管理に関する協定書」を見せてもらいました。一読して、わたしは魂消ました。
この協定書は、工務店である長崎材木店は立木の伐採権を取得し、森林所有者である高千穂の林家は、伐採跡地の再造林の義務を負うことが明記されています。杉(40年もの)の立木の立米あたりの単価は7000円に設定されています。
この単価は、仮に1ha当り300m3を伐採したとしても、わずか210万円にしかなりません。その収入で40年間掛けて再造林するというのは、林家にとって決して十分なものとはいえないものですが、立米当り立木単価、4000円を下るような単価が巾を利かせている現実からすると、相当に頑張った数字といえます。
この協定書の凄いところは、何といっても、山元の立木(りゅうぼく)価格で協定を結ばれていることです。
一般に、町の工務店が原木で買うこと自体、博打を打つようなものだといわれます。高くても製品で買うのが、間違いのないやり方です。まして恒常的に山元立木で木を買い続けることなど、工務店業界では、およそ信じられない話です。しかしこの協定書は、町側の工務店が何も知らないで結んだものではありませんでした。

長崎秀人さん
長崎材木店(代表/長崎秀人)は、明治30年創業の老舗も老舗の材木店です。今でこそ住宅建築の仕事がメインになっていますが、その経歴からして、すべて分かった上での取り組みだと考えると、そこに町側の工務店の英断があり、また林家の納得があります。
そして、そのあいだに立って協定書をまとめた佐藤専務の奔走が、いかなるものであったかも想像に難くありません。インターネットが発達し、通信手段に事欠かない現代とはいえ、本当の関係が結ばれるには、そこに人の立ち働きがなければなりません。博多と高千穂のあいだに、幾度もの往き通いの関係があって、この協定書は締結されたのです。
長崎秀人さんは一見飄々とした人ですが、勘働きがよく、重大事であっても、「ああいいよ」と、明るく気風よく即断する博多っ子を地で行く人です。それによって背負い込むことの大変さを、長崎さんはしばしば後になって知るのですが、果敢に前に出ることで、この工務店は地歩を築いてきました。

長崎材木店が取り組む趙海光さんのスタンダードハウス「博多町家」
長崎さんは、建築家・田中敏溥さん設計によるモデル住宅を北九州に建てられており、伊豆や松本で開かれた趙海光さんや秋山東一さんのスタンダードハウスの勉強会に出られ、現在、「博多町家」に取り組んでいます。設計に熱心な工務店で、その設計の素材となる木材は、みな高千穂材です。言い換えると、長崎材木店は高千穂材の利用を前提に、それをタテ糸に用いることで、建築の絵柄を織りなしているのです。
しかしそれは成功をみている、今にしていえることであって、この話が最初に持ち込まれたとき、びびらずに、よく英断的にこの協定書に判を押されたものだと、長崎さんのあの飄々とした顔を思い浮かべては、わたしは感動するのです。
山元にお金が入る仕組みをつくらないと、山は立ち行かなくなることを、わたしは『近くの山の木で家をつくる運動宣言』に書きました。
しかし、現実は山元の収入は細るばかりで、あの徳島木頭村の和田善行さんでさえ、「もう木は伐りとうない」と嘆かれたのを耳にしたことがあります。
この協議会が、山元価格に目を向けたのは、『木の家に住むことを勉強する本』を読んだからだと佐藤さんは言います。
わたしにしてみれば「ええっ!」という話です。
執筆者としては「そうなるといい」と思って書いたり、編集したりしますが、それに忠実に実現している例に接すると、案外、戸惑うものです。うまく運んでいればいいけれど、そうでなければ責任重大です。
あの本では、天竜の榊原さんが算定された立木価格を載せたのでした。山の窮状を知らせたくて載せた数字でした。あの本に導かれて、真っ直ぐに、この現実を「どげんかせんといかん」と考えて実践した熱血漢が、この宮崎・高千穂の山地にいたのです。
しかし、佐藤庫司さんはただ熱血漢というだけの人ではありません。緻密に考えを組み立てる人です。
佐藤さんは、7000円の単価を出すために、40年間の「造林・保育 標準経費」の算定根拠を細かく出しました。造林・下刈(6回)・除伐(2回)・間伐(3回)の作業を行い、補植・枝打ち作業を加え、固定資産税や補助金なども計算に入れた後価計算によるもので、利率換算すると2.5%の利回りが山元収入になります。この計算書をみて、わたしは唸りました。
しかし、疑い深いわたしは、この単価が、果たしてどう林家に迎えられているのか、詳しく知りたくなりました。それでわたしは、この方式にしたがっている林家を訪ねたいと佐藤さんに申し出ました。急な話でしたが、快く応じていただきました。素早くあちらこちらに佐藤さんは電話され、その会話が耳に入ってきます。このやり取りに林家との日常の関係が表れていて、わたしはじっと耳を澄ませて聞き入りました。威張るでもなく、媚びるでもなく、協働して取り組んでいる関係が、会話から伺えました。
そうして、翌朝7時40分に佐藤さんと谷川由香さんが迎えにこられて、わたしは高千穂の山中にある林家を訪ねることになったのです。






2008/10/30(木)14:22
山の事、木の事
メールのタイミングが合っていたようですね。
最近は、伐採ツアーなど、一般の方が山の木に触れる機会が増えてきていますね。
とりあえず一度、山を訪れて、体に感じてみてほしいものです。
厳かで、雄大で、「身・清・浸」とした森林の空気を。
林家も今の社会で生き生きと受け継がれるためには、理想に燃える若者のエネルギーが必要なのでしょう。
山に若い人が残れること、そこで理想を実現できること。
一人では何もできないけれど、始めはいつも一人からだと思えば、
勇気がわいてくる、高千穂の取り組みです。