興味津々
興味津々・No.020
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『芸術新潮』10月号が「須賀敦子が愛したもの」を特集している。没後10年を記念しての特集である▼この特集では、評論家の松山巖が、手紙形式で、彼女をめぐる絵や建築のことを書いている。須賀敦子への愛惜あふれる文章で、この一文を読むだけで、この特集を買ってよかったと思った▼須賀敦子は関西の芦屋に生まれ、阪神文化に育った。政府保護留学生としてパリ大学で2年間学び、29歳から13年間、イタリアのミラノで暮らした▼彼女は教会の物置を改造した小さな書店、コルシア書店に勤務した。この書店には、いろいろな人がやってきた。その多くは貧しい人たちだったが、彼ら彼女らが、日々を明るく元気に過ごすこと、「より良く生き、努力する」勤勉さに、つよく惹かれた。そしてそれは、彼女が生来持つところのものと交じわり響き合った▼コルシア書店は、「聖と俗の垣根をとりはらおうとする新しい神学」の流れを受けつぐ共同体でもあった。やがて彼女はその共同体の仲間になっていき、そして仲間の一人であったベッピーノと結婚する▼須賀は、ミラノ大聖堂を見て「石を粘土細工のように使って遊んでしまう」イタリア人のことを書いている。ヨーロッパ文化を、ときに日本人の目で洞察し、ときに仲間の生活として書いていて、それが文学に昇華している▼須賀敦子が生前に出した本は全部で5冊ある。『ミラノ霧の風景』『コルシア書店の仲間たち』、そして『ヴェネツィアの宿』『トリエステの坂道』『ユルスナールの靴』の5冊である。▼その最初の一冊『ミラノ霧の風景』が発行されたのは1990年だった。この本は、当時大きな評判を呼び、文学雑誌の評者は、その良質な文章に目を瞠った。と同時に、その精神的世界が持つ豊かさに、久しく日本人が忘れていた品性の高さをみたのだった▼この本が発行されたとき、須賀は62歳になっていた。しかしそのデビューは初々しく鮮烈で、風のように爽やかに地上に舞い降りてきたのだった。それから7年後の1998年、彼女は心不全で亡くなる。享年69歳だった▼作家生活は晩年に限られて短かかったけれど、全集(『須賀敦子全集』全8巻+別巻1、河出書房)も出ている。編者の思いの深さが感じられる全集で、この全集はベストセラーになったわけではないが、根強いフアンを持っている▼須賀の文章は、いずれも珠玉というべきもので、もっと読まれてしかるべき作家である。




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