興味津々
興味津々・No.014
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若い友人の設計者の愛読書が、谷崎潤一郎の『陰影礼賛』(中公文庫)だと聞いて、旧いなあ、とつい言ってしまった。言ってしまってから、それは、ついぞ自分自身が「陰影礼賛」を欠いた生活を過ごしているからだと自省した▼都市の夜は明るくて、田舎の人は、コンビニができると、夜に明るい場所が生まれたと喜ぶそうだ。今は日本中の夜が明るくなって、闇夜という言葉は、もはや死語になりつつある▼鶴屋南北に『東海道四谷怪談』という芝居がある。お岩と伊右衛門の物語であるが、あの芝居は、当時の江戸の光彩眩い京橋界隈と、フクロウが鳴き魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈しそうな武家屋敷の闇との境目に起こった話である。見せ場の「戸板返し」で有名な、戸板の裏表に釘付けされた死骸は、当時、実際にあった話である▼闇のない不夜城都市といえば、今や上海とドバイが挙げられよう。上海の外灘(外国人の岸)に集まる人群れは、光を求める蛾のようである。砂漠に幻惑的に出現したドバイは、原油高がもたらした蜃気楼である▼谷崎の『陰影礼賛』は、「薄暗い」光の状態を語っている。「その薄暗い光線の中にうずくまって、ほんのり明るい障子の反射を受けながら瞑想に耽り、また窓外の庭の景色を眺める気持ちは、何とも言えない』と厠を語る。若い人は厠と言われても分からないかも知れないが便所である▼『陰影礼賛』が書かれた昭和初期、便所の明るさ(照度)は白熱灯10W程度だった。今の1/5程度の照度であり、もし日本人のみなが谷崎の教えにしたがい「薄暗い」光の状態を好むなら、それだけでCO2は相当に削減されるのではないか▼夜、車を走らせていて気になるのは自動販売機である。暑い季節、外に冷蔵庫が置かれているだけで、どれだけエネルギーを必要とするのか。夜は煌々と照明している。スウェーデンなど北欧に行くと、そんなものありはしない。室内に置かれている国はあるが、こんなに大っぴらなのは、日本だけではないか。▼寺院のお堂は暗かった。そのなかに置かれていた金箔の仏像の神々しさは、まさに『陰影礼賛』のものであったろう。山形県酒田市の土門拳写真記念館を訪ねた折、仏像を撮るのに、土門拳は絞りを極端にまで絞り、シャッタースピード30時間という案内があった。それは暗いお堂のなかの仏像だった▼奈良の興福寺に行くと、たくさんの仏像がみられるが、あの照度でみる仏像は、ほんらいのものではないことを知っておいた方がいい。今の寺院は、大興福寺といえども拝観料をアテにしなければならないので致し方ないことだが、あれはやはりつらい。






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