特集

「奪われし未来」を越えて――沖縄・宮古島ものがたり

2008年08月11日 月曜日

宮古島・授業の様子

ここに一枚の写真があります。
宮古島の丘の上にある鏡原中学校の校庭、教師と生徒の二人だけの授業を映したものです。宮古島の公立校の始業式にあたる、昨年、2007年8月30日の朝に映した写真です。この日から、ほぼ一年経ちました。授業を受けている渡部絵梨香さんは、この春、無事中学校を卒業しました。

施工中
外観
冊子『Ren』に紹介された渡部さんの家づくりの軌跡。

化学物質過敏症を発症した幼児お二人を抱えるようにして千葉から宮古島へと移住され、それから10年を経て、家を建てられるに至った渡部さんご一家の軌跡を、書籍『住まいを予防医学する本』に綴りました。この反響は大きく、たくさんの方からお便りをいただきました。その後、季刊誌『住む。』で、また町の工務店ネットの冊子『Ren』でも取り上げました。はじめは匿名でしたが、家の竣工を期に『Ren』では実名での掲載が許可されました。

家造りに協力された大江忍さん(ナチュラルパートナーズ代表)は、ご自身のブログに、この家造りの軌跡を丁寧に綴っておられます。

渡部さんご一家も大変でしたが、大江さんたち家造りメンバーも大変でした。
私が書いたものと、大江さんが書かれたものを読んでいただくと、その全体のおおよそを知っていただくことが出来ますが、渡部さんご一家の受難と、それを跳ね返した行動を正確に知るためには一冊の本にまとめられる必要があります。(文・小池一三)

危険を察知するカナリア

化学物質過敏症に対する理解は広がりつつあるというものの、まだ、誤解、曲解が少なくありません。渡部さんの真梨奈さん、絵梨香さん(そういえば、昨年までは‶ちゃん″で呼んでいました。今回、すっかり‶娘さん″の写真をみて変えました)の姉妹をみていると、普段は、健康的で、可愛いお二人です。

宮古島で猛威を振るうのは台風ですが、熱帯低気圧が一気に台風へと変化するように、そこに化学物質が存在するというだけで、彼女たちの身体は激しく反応し、塗炭の苦しみを強いられるのです。

彼女たちをみながら、私はカナリアという鳥を思いました。炭鉱夫は坑道にカナリアを持ち込み、この鳥に異変の知らせによって生命を助けられました。姉妹はカナリアのように、異変を感知します。それは望んでなったものでは断じてありませんが、彼女たちの異変を通して、誰にとってもあるべき「空気環境」を求めることができます。人類の明日は、そのことによって健康を保つことができるのです。

だから、この姉妹には顔をあげて、逞しく生きてほしいとエールを送っています。『住まいを予防医学する本』に、医の倫理を説いたギリシャの医者、ヒポクラテスのことを書きましたら、姉の真梨奈さんがつよい興味を持たれました。早速、ピポクラテスの本を宮古島に送りました。むずかしい本ですが、18歳の娘さんが、ヒポクラテスを読んでいることって、とても変ですが、とてもすばらしいことだと思います。

「ヒポクラテスの誓い」

ヒポクラテス
ヒポクラテス

白ヒゲの学者として知られる宇沢弘文さん(東大名誉教授)は、最近「ヒポクラテスの誓い」について、あちらこちらに書き、また講演されています。

「各人がそれぞれ、ヒポクラテスの誓いの精神を自らの心に深く刻み込んで、医師としての職業を全うすることを誓うのは、洋の東西を問わず、職業としての医師を志すときに、もっとも重要なこと」

だと宇沢さんはいいます。日本の医療制度は社会的共通資本として望ましいかという問題を投げかけ、昨今の医療の現実に対して「厚生官僚が行政的観点から行うものであってはならないし、ましてや儲かっているかどうかという市場的基準によって左右されてはならない」と問題を投げかけています。

真梨奈さんが、ヒポクラテスに興味を惹かれたのは、カナリアの反応の一つだと思いました。昨今の医療を巡る問題をみていると、本質に戻って考え直さないといけなくて、それが「ヒポクラテスの誓い」に戻ることだと思います。

竣工から一年を経て

渡部さんご一家
渡部さんご一家。

今、宮古島の渡部さんの家の周辺はトンボが大発生していて、ご一家の目を楽しませてくれるとのお便りが、お母さんの千秋さんからありました。

昨年建物が竣工し、引越しをされて2週間後から、実は千秋さんは床に臥せられました。動悸と頻脈が生じて起き上がれず、そのまま年をまたぎ、この4月まで臥せられていたといいますから、家ができてホッとして、10年間の疲れが一気に出たのだと思います。この10年がいかに過酷であったかは、再録した『Ren』の記事を読んでいただければよく分かります。

卒業式
卒業式
妹・絵梨香さんの卒業式の様子。

免許取得

姉・真梨奈さんは運転免許を取得。

千秋さんの症状は重いものでしたが、姉妹が、16才と18才になり家事一切をしてくれて、その助けがあって、この春から少しずつ起き上がるようになりました。千秋さんは、

「私が親として守っていたはずの子供たちが今や、娘たちと呼んだほうがよいくらいに成長し、私を気遣い家を切り盛りしてくれるまでになっていました。苦しい床の中でそのことが希望でもありました」

と言います。妹の絵梨香さんの卒業式は、反応が生じるので体育館での式典に出席できませんでしたが、中庭にて卒業証書授与が行われました。
生徒による歌、サプライズゲストの地元出身のデュオ「ハーベスター(キビ刈の機械の名前です)」による歌「かっとばせ、サトウキビ」(かっとばせ、絵梨香、と替え歌も入れてくれました)など、とてもいい卒業式となりました。写真は真梨奈さんが撮りました。

姉の真梨奈さんが車の免許をめでたく取得しました。教習所の送迎バスに乗ると、反応して体調を悪くする可能性があるので、千秋さんが送迎され、教習所では教室の窓を開け、窓際に座りながら学科教習を受け、教習車も窓を全開にして受講し、教習所の教官や生徒たちの協力を得られ、無事、取得されました。

ミニトマトの前で

「たかだか運転免許かもしれませんが、娘にとって、そして私にとっても無事にひとつの大きな山を越えたという思いで一杯です。そして最後に、久しぶりの家族写真です。家つくりの忙しさと、私の病気とで4人揃っての写真は1年くらい撮っていませんでした。まったくの普段着で失礼します」

送られてきた写真は、ご家族の写真と、宮古島夏祭りに浴衣を着て撮られたものです。「今、庭ではミニトマト、バジル、レモングラス、ミント、島トウガラシが育っています。そのミニトマトの前での1 枚」も同封されていました。

付録

冊子『Ren』特集「空気のきれいな島に建てられた、この地球でたった一軒の家」より
冊子Renより 冊子Renより
町の工務店ネットの冊子『Ren』2007年秋号(2007年9月25日発行)に掲載された、渡部さん一家の軌跡です。
PDF:2.7MB

季刊誌「住む」連載原稿「森里海物語」第八回より
PDF:0.3MB

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  1. [...] 渡部さんご一家についてはこちらから 「奪われし未来」を越えて――沖縄・宮古島ものがたり http://www.bionet.jp/2008/08/miyakojima/ びお旬ナビ ハレの日の旬・ケの日の旬 「てぃだのゆりか [...]

  2. [...] ッポウユリも咲き始めている、とのことです。 渡部さん一家のことは、前に「住まいネット新聞びお」の特集で編んでいます。 渡部さんには、これから折に触れて、宮古島の旬を伝えて [...]

  3. [...] びお 特集 「奪われし未来」を越えて ――沖縄・宮古島ものがたり http://www.bionet.jp/2008/08/miyakojima/ [...]

  4. sadaさんからのコメント

    2008/8/13(水)22:55

    家をつくることの根本的な意味を教えられたように思います。
    カナリアの運命を背負う姉妹のこと、しっかりと心に刻み、人の生命、健康、人生にまで影響する行為を行っている自覚を持たなくてはいけません。
    『ヒポクラテスの誓い』は医療だけにとどまるものではないでしょう。
      『建築基準法』
     第1章 総 則
    (目的)
    第1条 この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。
    法律の展開がおかしなものに感じられる昨今ではあるが、なにが目的なのかは法律ですら最初に謳っている。

  5. 編集人さんからのコメント

    2008/8/13(水)17:25

    コメントありがとうございます。大江さんがなさっていることを最初にお聞きしたとき、そんなことが出来るのかと半信半疑でした。ちょうど『住まいを予防医学する本』をまとめている時で、テーマからして、化学物質過敏症の問題は避けて通れず、しかし、それを家づくりの問題として、どう取り上げるかに苦慮しておりました。限られた取材費しかないため、宮古島に飛ぶのもきつい状態でしたが、エィヤーと思い切って飛び立ちました。現地でみたものは、予想を超えるものがあって、驚きの連続でした。大江さんのエネルギーにも圧倒されましたが、建築主の渡部千秋さん、それから地元の人たちのやる気にも度肝を抜かれました。
    切っ掛けを与えてくださった大江さんに感謝します。
    この経験は、「びお」を編んで行く上で大きいと考えています。これからも、折に触れて取り上げて参ります。と同時に、一冊みんなで本をまとめましょうよ。構想、練ってみます。

  6. 大江忍さんからのコメント

    2008/8/13(水)15:38

    家づくりに参加させていただきました愛知県の設計士です。渡部さんご一家とは、遠くの親戚のように感ずる関係になり、ご家族の幸せを心より願っております。遠方で、木の家を建てることが実現できたのも、ご家族の強い愛があったからだと思っております。私たち、愛知からかけつけた者たちは、その愛に動かされ、そしてすばらしい経験をさせて頂きました。家を建てる1週間は、ほとんどの時間強風が吹き、その強風が、暑さをしのがせてくれました。現場の土を練ることや牧草を練りこむことなど、その場での対応することも多いにありました。地元の大工さんをはじめ多くの方々に支えられ、完成に至りましたことは、本当に喜ばしいことでありました。ご家族にとって、現代病からのシェルターでもあります家と土地を、大切に見守りたいと思います。8月末に訪問させていただきます。また、このことをとりあげていただきました小池さんに感謝いたします。こういう世界があることを多くの方が理解いただければ幸いです。

  7. kazuさんからのコメント

    2008/8/13(水)04:56

    家をつくるということは、家族が健康にたのしく過ごせる場所を、どんなことがあっても守り抜くことなのですね。調整区域の土地で許可を受けるのは、とんでもなく大変なことで、みんなアタマから外しています。しかし、このお母さんは、そこが空気のきれいな場所なのだから、ここしかないと考えて、それを通されました。そしてそこは台風の風がつよい土地で、それもまた、みんなの知恵と協力を寄せて、台風に負けない家をつくられました。このお母さんの行動力はスゴイと思います。感動しました。

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